第21話

 サイクロプスの一撃は防御力に優れない僕を瀕死に追い込むには十分すぎるほどの攻撃力を持っていた。


「……はぁ、はぁ」

 

 僕は腹から血を流し、息を切らし、口から血を流す。

 体を蝕む激痛に、体が冷たくなっていく感覚に、霞んでいく自分の意識と視界、自分の中から大切なものがこぼれ落ちていく恐怖。

 

 あぁ、まだだ。

 まだそれだけだ……まだ僕は生きている、僕はまだ死んでいない。

 自分の『命そのもの』が零れ落ちるあの致命的でどうしようもない、恐怖などという言葉で表現できない想像を絶するあの……あの『死』はまだ僕を覆っていない。


「は、早く回復魔法を……ッ!」


「だ、駄目……僕に回復魔法は効かない、から。その体質なのは知っている、でしょぉ?」


 ここだ、ここなのだ。


「駄目……駄目よ」


「……に、逃げて」


 僕は口を開く。


「は、はぁ……?」


「キリエと、ラレシアを、連れて……逃げて、だい、じょうぶ。みんなが逃げるくらいの時間は稼げるから」


 僕は倒れ伏す体を起こし、二本の短剣を握りしめる。


「まだ、死なない。即死じゃない。後……数分は戦って見せる、から」


「駄目……駄目、駄目」


 僕の言葉をリーリエは否定し続けるが……それを無視して僕は言葉を進める。


「お願いね」

 

 勝利を確信し、悠々自適な足取りでゆっくりこちらへと向かってくるサイクロプスへと僕は視線を送り、立ち上がる。


「いやァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 だが、ようやくの思いで立ち上がった僕をリーリエは抱き寄せ、再び僕を地面へと座らせる。


「認めないッ!認められない……ノームが死ぬなんてッ!」

 

 僕が死にかけだってことを忘れているのかとツッコみたくなるほどに僕のことを力強く抱きしめるリーリエは涙を流しながら氷魔法を発動する。


「止まれ……止まれ……止まれぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!」

 

 リーリエの決死の魔法が吹雪を起こし、サイクロプスを呑み込む。

 あぁ……だが、その魔法もほんの僅かにサイクロプスの足取りを遅らせるだけであった。


「り、リーリエ……もう、僕は……」


 そんなリーリエの耳元で僕はつぶやく。


「死ぬから」


「駄目ッ!!!……ァァァァァアアアアアアアアアアッ!」

 

 僕の言葉を聞いたリーリエはそれを拒絶し……そう。リーリエの感情が高ぶり、魔力が渦巻き、彼女は何処か確信を持ちながら叫ぶ。


「私はどうなってもいいッ!でも、でもッ!ノームはァ!絶対に守って見せるッ!」


 リーリエの体、魔力、意志。

 その何もかもが一皮むけ、また新しい一面を羽化させる。


「ガァ!?」

 

 彼女の体から溢れ出る黄金の光はサイクロプスの体の動きを鈍らせ……そして。

 何もない不毛の荒野を鮮やかな温かい花畑へとその姿を変えさせる。




「賭けに勝った」

 


 

 そんな最中、僕は自分を抱き寄せるリーリエを力づくで自分の胸の中に抱き寄せ、ポジションを変える。


「へ?」


「来い、悪鬼」


 僕は嗤い、一言つぶやく。

 リーリエの黄金が落ち、僕の闇が昇る。

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