№31 思惑の正体
劇的な戦いから一夜明けた朝。
『影の王国』問題が片付いて、当然ながら対策本部は解散という運びになった。
この事実はすぐさまマスコミに通達され、今朝のニュースでは各局が大々的に報じていた。
対策本部が『影の王国』を倒してくれた。
ネットで見る限り、そういった世論が大多数のようだ。
対策本部と逆柳は一夜にしてヒーローとなり、あちこちから称賛の声が上がった。
しかし、逆柳は知っている。
この騒動に隠された意図を。
「ご苦労だったね、逆柳君」
今、逆柳は警視総監室のソファに座っている。目前にしているのは、警視総監そのひとだった。
総監は扇子でひらひらと顔をあおぎながら、好々爺の表情を浮かべている。
「君の活躍がなければ、『影の王国』の野望は果たされていただろう。君は世界を救った英雄だ」
「いいえ、ご存じの通り、私はなにもしていません。直接的に世界を救ったのは、塚本ハルという少年とその『影』です」
「ああ、そうだったね。しかし君とて何もしなかったわけではないだろう。その功績は称賛に値するよ」
「ありがとうございます」
褒められたところで、逆柳の声は冷え切っていた。卓上に置かれた煎茶にも、ひと口も手をつけていない。
「しかしまあ、これで対策本部も解散だ。おおもとの『影の王国』が消えたのだから、これ以上は意味がない。美しい思い出はそのままにしておこうじゃないか」
「……その方が都合がいいから、ですか?」
核心に斬り込んだ逆柳の言葉に、総監は大げさに驚いて見せた。
「都合がいい? どういうことかね?」
「逆に質問するのは非生産的で本意ではないのですが、なぜ私が知らないとお思いですか?」
「…………」
総監は、ぱたん、と扇子を畳み、目を細めた。もう好々爺の笑みは浮かんでいない。
「雪杉のおかげで真実にたどり着きましたよ。結局、『対策本部』派は『真実』を知る『影の王国』……『モダンタイムス』を合法的に消そうと躍起になっていただけだったんですね」
「……はて、『真実』とは?」
「もう知らぬふりは通じません。『真実』……政府が秘密裏に進めていた、核開発の機密事項ですよ。他国とも連携して、極秘に新型の核兵器を作ろうとしていた。どういういきさつで『モダンタイムス』がこの『真実』を握ったのかは知りませんが、これは格好のユスリのタネだ」
「我々はテロに屈した覚えはないがね」
「そう、だからこそ対策本部などというものを作り上げて、『モダンタイムス』の口を封じようとした。パブリックエネミー、テロリストとしてね。『真実』と心中してもらうつもりだったのでしょう、最初から」
そう、味方だとばかり思っていた『対策本部』派は、『真実』を隠ぺいするために逆柳をマリオネットにしていただけだった。正直なところ、てい良く『モダンタイムス』を葬ることができるなら、別に逆柳でなくともよかったのだ。
表向きは、テロリズムから市民を守った英雄。
しかし、その実のところは都合の悪い『真実』を闇に押し込めるための傀儡。
自分が手駒にされることを心底嫌う逆柳にとって、このやり方は公然たる侮辱に等しかった。
バカを見たのが自分だけならまだいい。
しかし、ここに至るまでの間、何人も死に、何人も傷ついてきた。
そうまでして隠し通さなければならない価値が、その『真実』にあるとは到底思えなかった。
総監は扇子の先端を、こつり、とテーブルにつくと、
「……君は、想定外に有能すぎたようだ。残念だよ」
深々とため息をついてうなだれた。
しかし逆柳はそれすら見越していた。
「いいえ、お気遣いなく」
スーツの懐から封筒を取り出すと、テーブルの上に差し出す。そこには、『辞職願』の文字が書かれていた。
「私がなりたかったのは、『えらいひと』ではない。『ヒーロー』だ。『ヒーロー』になるためには偉くならなければならないと思っていましたが、こんな肥溜めのてっぺんに君臨するヒーローなど、臭くてたまらない。私はここで降りますよ、総監」
「……本当に、残念だよ。逆柳君」
差し出された辞職願を手に取り、己の懐にしまい込む総監。
「退職金は弾んでもらいますよ。次のステップのために必要なもので」
「……善処しよう」
「それでは、お世話になりました」
逆柳は一礼するとソファから立ち上がり、ドアを目指す。
名残惜しげに眺めていた総監の目前で、ふと立ち止まった。
もちろん、言い残したことなどないが。
「……ああ、忘れていました」
総監の元に戻ってきた逆柳は、懐からもう一通の辞職願を取り出して、卓上に置いた。
「雪杉の分も預かっていました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます