№32 無縁仏

 火葬場の煙突から立ち上る煙を見上げて、少しぼうっとしていた。ザザも何も言わず、ただふたりでベンチに座って缶ジュースを飲んでいる。


 ほどなくして職員が声をかけに来て、焼き場へと案内してくれた。


 鉄の箱から出てきたのは、真っ白な灰だった。


 かつて『モダンタイムス』だったもの。


 闘病のせいなのか、骨はほとんど残っていなかった。ただの灰が棺桶の中にうずくまっている。


 結局、ASSBがどれだけ調べ上げても、『モダンタイムス』の戸籍は見つからなかった。つまりは、生まれたときから遺棄された可能性が高い。


 当然ながら本名もなければ、いつ生まれたのかもわからない。


 本当に名前もなにもない、『透明な存在』だったのだ。


 あの極彩色も、死んでしまえばただの白い灰だ。


 もしかしたら、死とはモノクロームなのかもしれない。何の色もない、影だけの世界。『モダンタイムス』はそれに抗うように極彩色をまとっていた。ささやかな決意表明のつもりだったのだろうか。


 物思いにふけるハルを置いて、『モダンタイムス』の遺灰は粛々と処理されていく。葬式も戒名もなく、このまま無縁仏としてひっそりと葬られるらしい。


 そのはからいは、逆柳なりの気遣いだろう。


 逆柳も、ASSBを辞職したと聞いた。今回の一件でいろいろなことが明るみに出すぎたという。正義の味方として許せないことが。


「……妹も、これで報われたかな……?」


 職員がスコップで灰を骨壺に納めていくのを見ながら、ぽつりとザザがつぶやく。ザザの復讐心は消えていなかったはずだ。その怨敵が、無縁仏とはいえこうして弔われているのを見てどう思うだろうか。


「こんな形で決着がつくとは思わなかったけど……『モダンタイムス』はこうして墓に入れてもらって、でも妹は生ゴミみたいに焼き捨てられた。今更不公平だなんて言わないけど、なんだか違う気がするんだ……」


 ザザの言うことももっともだ。『モダンタイムス』は、それだけの仕打ちをしでかしたのだ。死んでなお恨まれても仕方がない。


「『モダンタイムス』は、苦しんで死んだ?」


「……いいや、満足げだったよ」


「……そっか」


 ボランティアの僧侶が骨壺に向かって念仏を唱えている。『モダンタイムス』の宗旨がなんなのかわからなかったので、とりあえず仏式にしてもらった。


 やりきれない思いで念仏を聞くハルに、ザザは淡々とした口調と表情で続ける。


「殺してやりたいくらい憎い相手だったけど、死んじゃうとなんだかどうでもよくなっちゃうね……妹のことを忘れたわけじゃない。一日たりとも。でも、『モダンタイムス』はもういないんだ。いない相手を恨み続けるよりも、少しでも前向きに生きていかなきゃな、って思った」


「……えらいよ、君は」


 そっと手を伸ばしたハルは、ザザの赤髪をぽんぽんと撫でる。とてもハルには及びつかない、立派なこころがけだった。


「君のことを思うと、これがベストな終わり方じゃないことくらいわかる。もっと冴えたやり方があったはずなんだ。けど、僕のちからが足りないばかりにこんな結末しか選べなかった……ごめんね、ザザ」


「ううん。あんたは充分にやってくれたよ……ありがとう、塚本ハル」


 髪を撫でる手の下で、ザザはぎこちなく笑って見せた。


 その笑顔のせいで、ハルの中の複雑な心境が大きくなる。


 すべてを己のちから不足だと断定することはできない。『モダンタイムス』、秋赤音、影子、ザザ、逆柳……他にも、いろいろなひとの思惑があった。そして時と運、流れのようなものもあった。


 しかし、ハルはどうしても自分を責めざるを得ない。


 あのときああしていれば、ああしなければ……後悔ばかりが込み上げてきた。過去に戻ることができない以上、それはたらればの話になってしまうが、それでも悔いは残る。


 それを乗り越えるためにできることはひとつだ。


 成長しなければ。


 今度また同じことがあったときに、選択を間違えないように。


 そして、次は必ずベストエンドを迎えて見せる。


 明日の自分に希望を託し、未来へと歩いていく。


 死んでいった者たちへのはなむけとしては、それくらいしか思いつかなかった。


 やがて念仏が終わり、『モダンタイムス』の骨壺はどこかへ運ばれていく。これから無縁墓地へと向かうのだろう。しかし、その場所をハルが誰かに尋ねることはなかった。


 つかの間のお別れだ。


 『モダンタイムス』のことだ、どうせ地獄でもよろしくやっているのだろう。


 ハルも地獄に落ちることは覚悟していたので、いずれ再会する時が来る。


 そのときに、どれだけ成長したかをしっかり見せつけてやらないとな。


「……さあ、ザザ。帰ろう」


「……うん」


 言葉を交わして、ふたりは手を繋いで火葬場をあとにした。

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