№14 決戦は日曜日

 そんな折、ふと高下駄の音が聞こえてきた。


「やあやあ、小生にないしょでお話なんて、いつの間にそんなに仲良しになったんだい?」


「……あるじ様……」


 秋赤音がばつの悪そうな顔をする。


 風に吹かれて飛んでいきそうな足取りで現れたのは、ドハデな花魁衣装の赤い髪……『モダンタイムス』だった。


 まるですべてを見透かしていたかのようなタイミングで現れた『モダンタイムス』のもとに、秋赤音が帰っていく。


「……あるじ様、これは……」


「いいんだよ、秋赤音。君の気持もわかる。けど、もう間に合わないよ」


 背後に控える秋赤音に何かを問い詰める様子もなく、『モダンタイムス』はさらりと笑って受け流してしまった。


「……『モダンタイムス』……」


「やあやあ塚本ハル君! ご機嫌麗しゅう! ゴキゲンってのはとっても大切だ、気分ひとつで世界がまるで違って見えるからねえ! しょんぼりしてたんじゃ今日がもったいないよ! わあ、小生ってばまるで超ポジティブ人間みたいなこと言ってるう!」


 相変わらずの長広舌でハルの視線をけむに巻き、『モダンタイムス』はうさんくさい笑みを浮かべる。


 その笑みも少しの間だった。


 ふっとその表情からいつものペテン師じみたにおいが消えると、『モダンタイムス』は吐息のような声音で告げた。


「決戦の日取りが決まったよ」


 あたかもデートに誘うような口調で、『モダンタイムス』が続ける。


「今週の日曜日、昼下がりの情事だ。この街で一番高いビルの屋上で待ってるよ」


 ハルが思い浮かべたビルと、『モダンタイムス』の言っているビルとは一致していた。そのビルの屋上、昼下がりと言えば15時ごろだろうか。今週の日曜日、すべては決する。


 近いうちだろう、とは思っていたが、いざ日取りを決められると急すぎるような気がしてくる。それでも、ハルは神妙にうなずき返した。


「遠慮も手心も同情も憐憫もいらないよ。小生は小生なりに、生きた証を残すだけさ。世界を道連れにして、ね。透明な小生には、そうすることしかできないんだよ」


 いつになく静かな口調でそう言われ、ハルは避けられない衝突に苦い思いをした。先ほど聞いた秋赤音の願い、そして、『モダンタイムス』の宣戦布告。ベストでなくとも、ベターな結末があるはずだ。


「……なんとか、ならないんですか?」


 これが最後だ。ここから先は後戻りできない。なんとかここで衝突を回避してくれ、とハルは切に思う。


 しかし、ふっと笑った『モダンタイムス』は、ゆるやかに首を横に振った。


「ならないよ。小生はそう決めたし、そうすることができるだけのちからがある。立ち止まる理由はどこにもない。世界の終末へ突き進むだけさ」


 静かにそう告げる『モダンタイムス』は、やはり笑っていた。


 ハルは、ぜい、と喘鳴のようなため息をつくと、肩を落として、


「……わかりました。その宣戦布告、たしかに受け取りましたよ」


 衝突はもう回避できないところまで来ていると悟り、その宣言を受諾した。


 『モダンタイムス』は満足げににんまりして、


「それでこそ、塚本ハル君だ」


 手が届いていたら頭を撫でていただろう。そんな成分が含まれた言葉だった。


 しかし、その手は枯れ木のようにやせ細っており、『モダンタイムス』の顔色は蒼白を通り越してコピー用紙のように白くなっている。目の下には真っ黒なくまができていて、以前よりさらに頬がこけているような気がした。


 明らかに『モダンタイムス』のタイムリミットはすぐそこまで来ている。死神の鎌の切っ先が首に引っかかっている状態なのだ。もう残された時間はない。


「それじゃあ、日曜日に会おうね。そのときはよろしく頼むよ、塚本ハル君」


 そう言い残し、『モダンタイムス』は秋赤音を連れて、一本歯の下駄を高鳴らせて去っていった。


 そんな、まるで遊びに誘うような言い方をして。


 余計にやりきれなくなったハルは、ぎり、と奥歯を噛みしめてこぶしを握った。


 決戦は日曜日。その日、世界が終わるかどうかが決まる。


 肝に銘じて、ハルはまず3コール以内に出る相手に電話をするのだった。

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