№12 お誕生日会計画書

「んんーんんんーんんー♪」


 放課後、珍しく教室に残っている影子は、ご機嫌に鼻歌など歌いながらノートに向かっていた。なにやら書き込んでは、小さく笑ってまたハミングを始めるのだ。


 ハルの誕生日が近づくにつれ、そのご機嫌は青天井で高まっていった。楽しみにしているのがバレバレで、微笑ましい。


 ハルがノートを覗き込もうとすると、影子はぱたんとノートを閉じて胸に抱きしめた。


「なに企んでるの?」


 思わず表情をゆるめながら問いかけると、影子はわざとらしくうなって、


「んー……ひーみつ♡」


 人差し指をくちびるの当てるのだった。


 とても分かりやすい彼女のノートを盗み見ることをあきらめたハルは、影子が満足するまで教室の外で待っていることにした。


 ハルが出ていったことを見届けた影子は、思う存分ノートにペンを走らせる。


 4月1日はエイプリルフールだ、ちょっとしたドッキリを仕掛けてやろう。誕生会がなくなってちょっと落ち込んでたところへサプライズパーティーだ。いつものメンツにもしっかり伝達しておかなければ。


 飾り付けは百均のでいいだろう。たくさんパーティーグッズを買って、目いっぱい豪華なパーティーにしてやろう。三角帽子に鼻眼鏡、クラッカーにキラキラモールは必須だな。


 春休みだからクラスメイト全員は呼べない。呼べるとしたらやはりいつも通りのメンバーになるだろう。けど、あいつらなら他のクラスメイトの分もきっと盛り上げてくれるはず。招待状を書かなければ。かわいいレターセットをシールでデコって……


 未成年なのでアルコールは飲めないが、ファンタなら許してもらえるだろう。お誕生会といえばなんてったってファンタだ。コーラも捨てがたいがやはりファンタ。そこはこだわっていこう。乾杯はファンタで決定。


 ケーキはでっかいやついくらくらいするんだろう? 街のケーキ屋に相談してみようか。王道の白いショートケーキのホールで、ローソクは17本。チョコレートプレートには『ハルくんお誕生日おめでとう』と書いてもらおう。今が旬なので、いちごをたっぷり乗せるよう頼んでみよう。


 他のごちそうは……いっそ自分が作るか? 前はふざけた弁当など用意したが、一応普通の料理もできる。大盤振る舞いで腕を振るって……


 いやいや、そんなキャラじゃないな。普通に持ち寄りの方がたくさん品数があって楽しいだろう。かぶらないか心配だが、そこは各々の判断に任せておく。唐揚げやポテト、ピザなんかはデリバリーにしてもいいかもしれない。


 そうなると、会場をどこにするかだが、ハルの自宅に集合ということでいいだろうか? クリスマスは予期せず病室だったが、今度こそ塚本家でバースデーパーティーだ。サプライズを仕掛けるために一旦ハルを外に連れ出さなければならないが、その間に飾りつけなどを終わらせなくてはならない。


 そうだ! プレゼントを用意しなければ! なにがいいだろう? ハルはなにか欲しがっている様子だったが、それは自分の稼いだお金で買いたいと言っていた。他に欲しいものがあると言っていたことはあるか?……ないな。だとしたら、手探りでなにか素敵なプレゼントを買ってこなければ。


 ……そんな計画を色とりどりのペンで書いてはシールを貼り付けていく。ページは見る間に埋まっていき、お誕生日会の計画は徐々に具体性を帯びていった。


 その後も何か思いついてはノートに書き込み、帰るころには夕方になっていた。もう眠らなければならない。


「……終わった?」


「ん!」


 教室の外から顔をのぞかせたハルに、大事そうにノートを抱えた影子が走り寄っていく。


 そしてそのままふたりで手を繋いで帰り道をたどり、影子はハルの影に入って眠ってしまった。


 夜になってひとりの時間を自室で過ごしていると、ふと通学カバンからあのノートが飛び出していることに気付いた。そういえば、手をつなぐのに預かってハルのカバンに入れたままだった。


 見たら絶対に怒られる。


 それは重々承知していた。


 が、どうしても好奇心が勝ってしまった。


 こわごわとノートをつまんで開いてみると、1ページ目にはでかでかと『お誕生日会計画書♡』と書かれていた。微笑ましさのあまり、ハルはぶほっ!と吹き出してしまった。


 続く内容も、いちいちシールやペンでデコられており、パーティーのごちそうのレシピだとかケーキ屋のリストだとかプレゼント候補のスクラップ記事だとかが満載だった。


 それは紛れもなく、恋する乙女のお誕生日会計画書だった。


 ……うっわ、かわい……


 そんな秘密を垣間見て、ハルは思わず赤面して身もだえた。


 かわいすぎる。


 こんなことを一生懸命考えていただなんて。鼻歌なんて歌いながら、上機嫌で。


 なんだか、NHKなんかに出てくるぬいぐるみたちのやさしい世界を連想してしまい、ハルは口元を押さえてくちびるをもごもごさせた。


 なんというかわいい彼女なんだ……


 そんな彼女といっしょにいられるなんて、17歳の誕生日が俄然楽しみになってきた。


 ……それまでに、欲しいものも手に入るだろうし。


「……あ、そろそろか……」


 今夜も『バイト』だ。張り切って行こう。


 ハルはいそいそと準備をして、部屋を出る前に、ノートを見たことがバレないようにカバンの奥底にしまって部屋の照明を落とした。

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