№11 ミシェーラの煩悶

 どうやって影子に浮気の事実を伝えればいいか?


 そればかり考えて、昨日はロクに眠れなかった。


 寝不足のままぼんやりと登校するミシェーラは、まだどうすればいいか決心がついていなかった。


 ありのままの事実を影子に伝えるか?


 それとも、そっとしておいた方がいいのか?


 知らぬが仏、という言葉もある。知らないままの方がしあわせならば、わざわざ藪をつついて蛇を出すようなマネはしたくない。


 しかし、わざわざ頭を下げて頼み込んできた影子に対して、真実を隠しておくようなこともしたくない。


 一体どちらが影子にとって、そしてハルにとってしあわせなのだろうか?


「おはよう、ミシェーラ」


「よう、ケツデカチチウシ」


 いつの間にか校門前にたどりついていたらしく、今日も仲良く手を繋いで登校してきたハルと影子に声をかけられた。


「……あ、ウン……オハヨ、ハル、カゲコ」


「どうしたの? 浮かない顔して」


「ななな、ナンデモナイヨ!?」


 ぎこちなく首を横に振るミシェーラ。明らかに挙動不審だ。


 そんなミシェーラに、ハルは心配そうな顔をして、


「なにか問題があったら、いつでも相談してね」


 その問題がアナタなの!!


 こころの中で思いっきり吠えながらも、ミシェーラはあいまいなジャパニーズスマイルを浮かべてお茶を濁した。


 三々五々、いつものメンツが合流してくる中で、ミシェーラはハルのそばを歩きながらちらちらと観察する。


 ……どう見てもいつも通りのハルだ。真面目で誠実で、やさしくかしこいハル。愛する影子と片時も離れず手を繋ぎ、先輩や一ノ瀬といつものやり取りをしている。


 そんなハルが、影子以外の女と浮気を?


 ……とても信じられない。


 ミシェーラの知っているハルは、決してそんなバカげたことはしないはずだ。


 しかし、たしかに影子以外の女とラブホに入っていく姿を見てしまっている。これはどうしても覆せない事実だ。


 今も、ハルは一ノ瀬をいじめる影子をなだめるように肩を抱いている。すっかりハルに意識を向けた影子は、傍から見てもでれっでれで、ハートが飛んできそうだった。倫城先輩は呆れたように肩をすくめている。


 見るからに理想的なカップルだ。つけ入る余地などないように見える。


 ……ダメだ、言えない。


 そんな光景を目にしてしまっては、言葉が喉につっかえて出てきそうになかった。


「どうしたの、ミシェーラ? さっきから本当に顔色悪いよ。困りごとでもある? それとも体調悪い?」


 影子と手を繋ぎつつも、心配そうにミシェーラの顔を覗き込んでくるハル。


 そんなハルに、思い詰めた表情でミシェーラは問いを投げかけた。


「……ねえ、ハル。アナタ、カゲコを不幸にするの?」


 精いっぱいがんばった結果、出てきた言葉がそれだった。


 それを聞いたハルは一瞬だけ目を丸くし、そして小さく笑った。


「……誰に聞いたの? うん、一生ふしあわせにするって誓ったからね」


 ハルの口から出てきた言葉に、今度はミシェーラが目を丸くした。


 やっぱり……!!


 どういうわけか、ハルは影子を不幸にしたくて浮気をしているらしい。本人から直接言質が取れたのだ、もはや事実は揺るがしようがない。


 これはもう、黙ってはおけない。


 ハルのことを信じたい気持ちはいまだにある。


 しかし、影子のためにも、きちんと事実を伝えなければならない。


 けど、どうして……!


 やりきれない思いでいっぱいになりながら、ミシェーラは冴えない顔をしながら校舎へ入っていくのだった。


 


 その日の放課後、自習室にいるのを見つけた倫城先輩をひっつかむ勢いでさらい、ミシェーラは屋上で話をすることにした。


「……どう思いマス?」


 ハルの発言を先輩に伝えると、先輩はうーん、と腕を組んでうなって、


「なんとも言えないな。ほら、俺って自由恋愛主義だから」


「先輩のことはどうでもイーノ! ハルが浮気なんてすると思いマスカ!?」


「でも、言ってたんだろ、『一生ふしあわせにする』って」


「……う……」


「そのための浮気なら納得いくけどな」


「……うう……!」


 ハルの言葉には一切ウソは感じられなかった。だとしたら、影子を不幸にするために浮気をしているということになる。


「一体どうして……!?」


 わけがわからなくなったミシェーラがポニーテールの頭をかくと、先輩は涼しげな訳知り顔で返した。


「さあな。いくらよそよそしさが消えたからって、やっぱりふたりだけの世界ってのはあると思う。あのふたりなら、そういう関係性であっても驚きはしないけどな」


「わけがわからないヨ!」


「俺もわかんねえ。けど塚本のことだから、なにか考えがあるんだろ。場当たり的に浮気するようなバカじゃないってことは、ミシェーラも知ってるだろ」


「それヨそれ! なにか考えがあって浮気してるんダヨハルは!」


「まあ、浮気の事実に変わりはないけどな」


「……ううう……!!」


 考えれば考えるほどドツボにはまっていく。


 ハルは影子のふしあわせを願って、浮気をしているのだ。


 そこには必ず意図がある。しかし、どういう意図があっての浮気なのかはわからない。


 一体何考えてるの、ハル……!


 親友だったはずの少年が遠くに感じられる。


 腹立たしささえ感じながら、ミシェーラは先輩を屋上に残してひとり去っていくのだった。

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