№8 贈る言葉

「じゃあ、これ頼むな、塚本影子!」


「はい! 精いっぱい読ませていただきます!」


 職員室で送辞の原稿を受け取り、影子はいい子ちゃんスマイルを浮かべた。担任教師はそれに気を良くして笑い、


「なにせ校長直筆の原稿だ、くれぐれも粗相のないように!」


「はい! それでは私はこれで失礼します!」


 折り目正しいお辞儀をしてその場を去った影子は、職員室の扉が閉まると同時に原稿に目を走らせて、今にも吐きそうな顔をした。


「どうだった?」


 職員室の外で待っていたハルの目の前で、影子はいきなり渡された原稿をびりびりに破り捨てた。それだけに飽き足らず、ぐしゃぐしゃに原稿の破片を丸めると、廊下に置いてあったゴミ箱に助走をつけて盛大なダンクシュートをかます。


「なにやってんの!?!?」


 いきなりの蛮行に、ハルは悲鳴を上げた。


 影子は、ち、と舌打ちをひとつすると、


「校長って人種も、クソみてえな文章書けるんだな」


「なんなの!? それ校長が書いたの!? それなのになんてことするんだよ君は!!」


「るっせ! 校長だろうが肛門だろうが、アナルファックなことに違いはねえ! こんな抹香くせえお説教読むと思うと、口の中がかゆくてかゆくてたまらねえぜ!」


 散々な言葉でこき下ろすと、影子はついにゴミ箱に向かって、ぺ、と唾を吐き捨てた。


 そして顔を上げると、


「こんなクソだりいもん読んでられっか! それならいっそ、アタシがクールでクレイジーなやつ、ばしっとキメてやんよ!」


 影子が作る卒業式の送辞。


 思い浮かべるだけでイヤな予感がした。


「……ちなみに、たとえばどんなの?」


 おそるおそるハルが尋ねてみると、影子はにんまり笑ってスマホを取り出し、なにやら打ち込み始めた。


 しばらくしてハルのスマホに着信があり、メールを開くと、そこには『あたしのかんがえたさいきょうのそうじ』が届いていた。


 ……ピー音乱発、F言葉満載の超過激な原稿だった。


「んん、のっけはそんな感じのフィーリングでエモい感じにしてえ、あとはノリと勢いで? 即興で考えたからまだブラッシュアップの必要が……」


「ダメダメダメダメダメ!! ダメ、絶対!!」


 全力で拒否すると、影子はきょとんとした顔をした。


「んん? なんで?」


「ダメに決まってるだろ常識的に考えて!! 仮にも学校の公式行事だよ!? こんなもん読んだら、地方ニュースの三面記事に載っちゃうよ!!」


「えー」


 不満げな顔をする影子に、ハルは重ねて念を押す。


「ともかく! これはダメ! せめて放送コードに引っかからないようにして!!」


「そんな無茶ぶりされてもな……」


「困った顔してもだまされないからな! 真面目にきちんとした送辞を読んで!先輩たちの大切な卒業式なんだから!!」


 そこまで言われると、影子も考えを改めざるを得ないようだった。


 ふん、とそっぽを向いて腕組みをすると、


「まあ善処はしてやるけど、アタシはアタシの言葉でしかしゃべらねえからな!」


 そう言ってのける影子。


 他人様の言葉で先輩を送り出すつもりはないらしい。


 影子も影子なりに、真剣にこの行事に取り組んでいるのだ。オリジナルの送辞で華々しく先輩たちを見送りたい、そんな思いで出た言葉だった。


 いつだって真っ向勝負。飾ることのないシンプルで鋭い諸刃のつるぎ。


 なんとも影子らしい。


 ハルは、くすっと笑って影子に告げた。


「うん、それでいい。君は君の言葉で、先輩たちを送り出せばいい。文句言われない程度にはオブラートに包んでね」


「アタシにオブラートを求めんな。あいにくの劇薬だ」


「良薬口に苦し、とは言うけど、僕にとっては劇薬口に甘し、だね」


「はっ、言ってろ」


 そんな言葉を交わしながら、教室へと帰っていくふたり。


 月末の卒業式まであと少しだが、影子には大いに語ってほしい。


 そんな彼女がいて、誇らしく思う。


 世界中に、これが僕の彼女です!と自慢したいくらいだった。


 ああだこうだ原稿について言い合いながら、ふたりは放課後の教室で帰り支度をするのだった。

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