№3 卒業式とお誕生日会

 ほどなくして担任教師が教室に入ってきて、ざわめきが消える。生徒たちはおとなしく自分の席につき、伝達事項を待った。


「おはよう! もうすぐ二年も終わりだ、みんなたるんでないか?」


 沈黙を肯定と受け取って、担任教師はメイントピックに移る。


「学年末テストも終わった、あとは終業式だ……といきたいところだが、その前に三年生の卒業式がある。当然、お前たちにも出席してもらう。先輩方の新しい門出の式だ、くれぐれも粗相のないようにな!」


 粗相ってなんだよ、式中にいきなりうんこーって叫び出すとか?などと言って、くすくす笑っている男子生徒を、担任教師が見とがめた。


「そこ! そういうとこだぞ、卒業式は特に私語厳禁だからな! それで、卒業式に当たって、在校生から送辞を読むのがしきたりなんだが、毎年学年末テストのトップを総代として読んでもらうことになっている。今回の学年末トップも、塚本影子だったな?」


 ぎくり、ハルの肩が跳ねた。これはイヤな予感がする。影子の本性を知っている他の生徒たちも同じように微妙な表情になった。


 当の影子と言えば、にこにこ対教師用の笑みを浮かべながら手を挙げ、


「はい! 私が読ませていただきます!」


「そうかそうか、やってくれるか。それじゃあ、原稿はあとで渡すから、頼んだぞ塚本影子!」


「任せてください!」


 そう言って、担任教師は教室を後にした。


 途端、影子は行儀悪く机に脚を上げて椅子に背を預ける。


「……あー、かったりい」


 苦々しくつぶやき、ため息をつく影子。


「こんなことなら、調子こいて学年トップなんざ取らなきゃよかった」


「だよね。目立つから僕もあんまりいい成績出さないようにしてる」


 苦笑いを返すハルに、影子は肩をすくめて見せた。


「んんー、ガチで頭いいやつは言うことがちげえなあ」


「そんなことないよ。それを口実に勉強してないだけ」


「じゃあベンキョすりゃあ学年トップなんて余裕なんだ?」


「……まあ、できなくはないと思うけど……」


「そこはできるっつてくれよ。将来官僚になんだろ?」


「……うう、これからは勉強がんばります……」


 先送りにしてきた問題が襲い掛かってきた。実のところ、ハルはマトモに勉強というものをしたことがなかった。それでも学年で中間くらいの位置についているのだから大したものなのだが。


 これからは本格的に勉強をしなければならない。将来のために必要ならば苦にはならないが、影子との時間が削られることが唯一の不満だった。


 そして一限の授業の前に昏倒していた一ノ瀬が戻ってきて、授業が始まる。昼休みにはいつものように学食でランチタイムを過ごし、午後の授業をこなして放課後になった。


 帰り支度をしていると、ハルのスマホが鳴動する。なにかと思って画面を見てみると、アプリにバースデークーポンのメールが届いていた。


 バースデー……そういえば、そろそろハルの誕生日だ。


 正確に言えば、4月1日。遅生まれもいいところだ。しかもエイプリルフール。


 いろいろありすぎてすっかり忘れてしまったが、ようやく17歳になるのだった。この年になるとお誕生日会なんてものを開くことはなくなり、だんだんと誕生日のありがたみが薄れてくる。


 まあ、こうしてクーポンが送られてくるだけマシか、使わないけど。


 メールを消去しようとしたところで、背後から覗く視線に気づいて、はっと振り返る。


 そこには、にやにやと笑う影子が立っていた。


「…………見た?」


「ん!」


 どこか邪悪な笑みは、なにか企んでいる時の顔だ。それも、たいていはロクでもないことを。


「水くせえなあ。アンタ、誕生日いつだ?」


「……来月1日……」


「ん、4月1日誕生日か!」


「誕生日!?」


 早速ミシェーラの地獄耳が聞きつけた。


「ハル、来月頭バースデーなの!?」


「そ、そうだけど……」


「へえ、塚本4月1日なんだ。これで相性占いもできるな」


「先輩までいつの間に!?」


 教室の窓から顔をのぞかせたのは、帰りしなの先輩だ。そういえば、送辞は学年トップの影子が読むことになっていたが、答辞は同じく学年トップの倫城先輩が読むのだろう。先輩が学校に来る別の理由がなんとなくわかった。


「ふうん、もうすぐ誕生日なんだ、塚本。ものすっっっっっごいどうでもいい情報だけど。それより影子様ー♡ 私も相性占いをしたいのでぜひご生誕祭の日取りを!」


「てめえは引っ込んでろ、メス豚。今てめえにかかずらってるヒマはねえんだ。そんなことより、当然するよな? お誕生日会!」


「……え、するの……?」


 完全に小学生のものだと思っていたお誕生日会をすると宣言する影子に、気まずそうなハルが声をかける。


 影子は、どーん、と胸を叩き、


「あったりめえだろ! てめえら、気合入れて祝うぞ!」


『おー!』


 いつものメンツが応じる。これで塚本ハル17歳のお誕生日会の開催が決まってしまった。


 また騒がしいことにならなきゃいいけど……と、おそらくは叶わない夢を抱きながら、ハルは深々とため息をついて苦く笑うのだった。

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