№34 致命傷の一矢

 しかし、その破片にはまだ膨大な光の一部が蓄えられていた。


 震える手でその破片を手に取り、『ライムライト』は割れた鏡面をハルに向ける。


「……せめて、あんただけは……!」


 ハルに異常な憎しみを燃やす『ライムライト』の手元から、レーザーの最後の奔流がほとばしった。地面を焦がしながら迫りくる光の帯は、一直線にハルを狙っている。


 ダメだ、完全に虚を突かれた。このタイミングでは避けられない。


 ひんやりとした死の手触りが背中をなでた。あいにく、走馬灯らしきものを見る猶予も残されていないらしい。


 最後の最後でこれか、とあっけない結末に苦笑いさえ浮かべようとしていた、そのときだった。


「ハル!!」


 どん、と肩を押したのは、久太だった。


 なんだよ、そんな焦った顔をして。


 そして、ハルと位置を入れ替えるような形でレーザーの射線上に出た久太は、その表情のまま光の中に消えていった。


 あとには塵ひとつ残らなかった。


 あまりにも理不尽で唐突な結末に、ハルの頭は真っ白になった。


「……きゅう、た……?」


 たしかに、さっきまでそばにいたはずなのだ。それが今は、影も形も残っていない。こんなバカげた話があるか? なにか悪意的な存在にまやかしでも見せられているのではないか?


 名前を呼びかけても返事はない。もう一度呼びかけようとした。叶うことなら何度も何度もその名を呼びたかった。


 しかし、ハルはもう内心では理解できているのだ。


 長良瀬久太は、死んだのだ。


 ハルをかばって。


 頭では理解しているのだが、感情が追いつかない。理解している自分と、理解したくない自分。そのふたつの間で揺れ動きながら、ハルは呆然と久太が立っていた場所を眺めていた。


「きゃははははははははは!! あんたじゃなくて残念だけど、長良瀬久太はぶっ殺してやった!! ざまあ!! ざまあ!! ざまあみろ!!」


 やぶれかぶれになって哄笑する『ライムライト』の言葉に、ハルはついきょとんとした顔をしてしまう。


 なにを言ってるんだ?


 久太は、きゅうたは……


「……ル!……ハル!! しっかりして!!」


 ミシェーラに肩を揺さぶられて、ハルの顔からとたんに血の気が引いた。


「……ミシェーラ……久太が……」


「ショックなのはわかるけど、今は『ライムライト』をどうするかでしょ!……ワタシだって……!!」


 目の端に涙を浮かべて言葉を飲むミシェーラ。


 言われた通りに見やれば、『ライムライト』は狂ったように笑いながら天を仰いでいた。ツインテールは片方ほどけ、顔面は崩れたメイクで真っ黒になっている。そんな狂人じみた状態で、笑い続けているのだ。


 不思議と、『ライムライト』に対する怒りや憎しみじみたものは生じなかった。


 ただ、大切な友達がひとり、いなくなった。


 この事実だけが、ハルの胸に重くのしかかってきた。


 狂った笑い声を上げている『ライムライト』の頭上で、はりつけにされていた『漆黒の姿見』が、ぐらり、と揺らぐ。


 その巨大な鏡の残骸が、天高くから落ちてきた。


「きゃははははははは…………へ?」


 落下地点にいた『ライムライト』が間の抜けた声を上げる。


 次の瞬間、『ライムライト』の華奢なからだは、『漆黒の姿見』の残骸に押し潰されて血のシミに変わってしまった。


 大破した鏡の黒と、じわじわと広がっていく赤が混じり合い、荒野にさらされる。おのれの『影』に殺される……『影使い』としてはなんとも業の深い死にざまだった。


 びっくりするくらい簡単に、『ライムライト』も死んでしまった。


 倫城先輩、久太、そして『ライムライト』……あまりにもあっけなく失われたいのち。いっそ喜劇的ですらある。だとしたら、『七人の喜劇王』などと命名した『モダンタイムス』は天才的なブラックユーモアの持ち主だ。


 ハルの中のいのちの重さがバグりかける。


 そうだ、影子は……?


 磔刑台からようやく解放された影子は、風に溶ける黒い塵となってハルの影に還っていった。二度の『自罰の磔刑台』で消耗しきっている、回復にはかなりの時間がかかるだろう。


 影子だけは、ぎりぎりで失わずに済んだ。


 ほっとした自分に、なぜだかものすごい自己嫌悪を覚える。


 ……とにかく、だ。


 多数の死傷者を出しながらも、対『ライムライト』戦はハルたちの勝利で終幕を迎えた。当座の危機はしのげたのだ。


 それをよろこぶ間もなく、『影の王国』対策本部の事後処理班がやって来た。生中継もそこで終わり、あとは『ライムライト』の遺体を回収したり、負傷者の救護をしたり、現場検証が始まったりする。


 猛烈に頭がくらくらした。


「ハル!?」


 気が付いたら、ハルはその場に倒れ伏していた。知恵熱が脳を席巻し、立っていられなかったのだ。


 消えゆく意識の中、ハルはただひとつ、願った。


 次に目を覚ましたら、すべて夢だったらいいな、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る