№33 一発逆転

「んじゃあ、殺し合いがんばってねー!」


「待て『モダンタイムス』ううううううう!!」


 だいぶん威力の落ちてきたレーザー砲の雨を避けながら、秋赤音に抱えられた『モダンタイムス』が戦場から逃げていく。ものすごい足の速さで離脱していき、もう攻撃の届かないところまで行ってしまった。


 追いつけない、と判断したのか、『ライムライト』はぼさぼさになった頭をかきむしり、どろどろになった顔を怒りにゆがめ、ハルを睨みつける。


「……こうなったら、私をバカにしたあんたからぶっ殺してやる……!!」


 ゆら、と『漆黒の姿見』の鏡面が揺らぎ、単発のレーザー砲が放たれようとした。その瞬間、ミシェーラの『影爆弾』が炎をまいて爆発する。


 もちろん、『漆黒の姿見』に向けて、ではない。


 爆炎はハルと『ライムライト』の中間地点で上がった。その爆炎を裂くように、レーザーが発射される。


「全員、全力防御!!」


 ハルの号令と共に、『猟犬部隊』の特殊装甲の盾が、影子のチェインソウが、ザザの『黒曜石のナイフ』が、向かってくるレーザーに向けられた。


 総がかりになって耐え抜き、やがてはレーザーの光を粉々に散らしてしまう。


「っしゃあ!! ざまあ!!」


「……なんとかうまくいったね」


 爆炎が晴れた後、攻撃を仕掛けた『ライムライト』は驚愕の表情でその様を見ていた。


「……なんっ、で……!? 私の『漆黒の姿見』が……!」


「簡単な理科だよ」


 勝ち誇るつもりはないが、時間を稼ぐためにハルはゆったりとした口調で解説をする。


「光の屈折、って知ってるよね? 光は屈折率の高いところを通るときに、ゆがむ。それは熱で流れの変わった空気も同じこと。『影爆弾』の熱風で起こった陽炎で屈折して、威力の落ちたレーザー砲なら、全員でかかればなんとか防げる。『モダンタイムス』に振り回されて乱発した後の攻撃ならなおさらね」


「……は……?……え……??」


 どうやら不測の事態に頭が回らないらしい。ハルの説明も理解できず、『ライムライト』はひたすらに混乱していた。


 敵は我を失っている。そして、時間は充分に稼いだ。


 チャンスは今だ。


 いつの間にか、足元は真っ黒な海のような影に侵食されている。それは『ライムライト』の足元も同じこと。


「……ぐ、ああああああああ!!」


 伸びあがった磔刑台にはりつけにされた影子が、耐えがたい苦痛に悲鳴を上げた。『自罰の磔刑台』……『総攻撃』にも勝る、影子の最終手段だ。


「さあ、反撃の時間だ」


 黒い影の海が、どくん、と大きく波打つ。


 そして、一斉に槍のように天高く伸びあがった影は、『漆黒の姿見』を貫き、高々とつるし上げにした。


「……なに、これ……!?」


 『ライムライト』が見上げる先の姿見は、中央から亀裂が走り、ふちまでひび割れが広がっている。


 しかし、完全に貫いてはいない。


 ざざざ、と揺らめいた黒い鏡面は、やがて黒い槍をすべて飲み込んで、もとの位置まで下りてきた。


 ……これでもまだ耐えるか……!


 たしかにダメージは蓄積されたが、それは反射されレーザーとなる。影子渾身の一撃は、わずかに届かなかった。キャパオーバーを狙ったブラックジャック勝負だったが、これでもまだ耐えられるとは。


 完全にハルの計算ミスだった。この局面でしくじるとは、なんとタイミングの悪い……


「……ふ、ひ……!……きゃははははは!! 残念でしたあ!! ちょっとは驚かされたけど、あんたなんて所詮その程度!! さあ、今ぶっ殺してやるからねえ!!」


 『モダンタイムス』との戦いで失ったエネルギーは、今や完全に充填された。今度の攻撃は、先ほどの小手先のやり方では防げないだろう。


 ハルたちの負けだ。


 こうなったらもう、撤退しかない。


 撤退を宣言しようとした、そのときだった。


「今度は、ワタシたちも……!」


 一歩も退こうとせず、ミシェーラ、ザザ、『猟犬部隊』が次の攻撃に移ろうとしている。


「……がっ、は……!……やめ、とけ……!……アタシは置いて……てめえらは、逃げ、ろ……!!」


 まだはりつけにされて激しい苦痛にさらされている影子が、かすれた声で撤退を指示するが、ミシェーラたちも引かなかった。


「そんなことできないヨ! 今度はみんなで戦えば大丈夫! きっときっと、みんなでがんばれば勝てるヨ!!」


「ミシェーラ、これ以上はもう……」


「ハルもハルだヨ!」


 制止しようとしていたハルにも矛先が向く。


「なんでワタシたちを使わないの!? なんでワタシたちのいのちもベットしてくれないの!? 信頼して全力を尽くすってそういうことでしょ!? 一蓮托生、死ぬときはいっしょ、それが信じるってことだヨ!!」


「……バカ、言ってねえで……逃げろ……!!」


 顔をゆがめながら怒声を上げる影子に向けて、ミシェーラがきっとひとにらみを送った。


「影子も! もっとワタシたちを頼ってヨ、信じてヨ! ひとりで戦わないで! 私たちも戦える、見くびらないで! だってワタシたち、友達でしょ!?」


 ミシェーラの必死の訴えに、影子は一瞬、苦笑じみたものを浮かべた気がした。まわりから一線を引いていた影子の、それは受諾の表情だった。


「……わあったよ……勝手にしろ……!!」


「おしゃべりはそこまで! 今から全員ぶっ殺すんだから!!」


 嘲笑う『ライムライト』の『漆黒の姿見』が、鏡面に膨大な光を蓄え始める。今度の攻撃は最大出力だろう。どうやっても防げない一撃を撃ってくるに違いない。


 それが放たれる前に、あの鏡を破壊する。


 今なら、どんな不可能も可能になる気がした。


「いくよ、みんな! カウント! 3! 2! 1!」


 ちからに満ちたハルの声と共に、今にもレーザーを放とうとしている『漆黒の姿見』に、全員分の最後の一撃が叩き込まれた。


 『猟犬部隊』の『曳光弾』が、ザザの『黒曜石のナイフ』が、ミシェーラの『影爆弾』が吸い込まれ、激しく揺れた鏡面を、影子の『自罰の磔刑台』が再び貫く。


「いっけええええええええええ!!」


 我知らず叫んでいたハルの願いに応じるかのように、磔刑台につるし上げられた『漆黒の姿見』が、黒い槍の鋭さに負けて今度こそ中央から破片をまき散らして粉々になった。


 鏡の破片が空から降り注ぎ、残骸となった姿見は見るも無残な姿になる。


「そ、そんな……!!」


 手で顔を覆って悲鳴を上げる『ライムライト』。それはまさしく、おごり高ぶった末の敗者の表情だった。


 一発逆転、ハルたちの勝利が確定した。


 全員が協力して、全力を尽くしたおかげで、今度こそ鏡の脅威を打ち破ることができたのだ。


 がっくりと膝を突く『ライムライト』のそばに、はらはらと『漆黒の姿見』の破片が落ちてくる。

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