№32 暴露

「やあやあ! やってるねえ!」


 戦場には不似合いなのんきな声が響き、ハルは思わずつんのめりそうになった。


 一体いつの間に現れたのか、病身を真っ赤な花魁衣装に包み、一本歯の下駄の音を鳴らしながら、散歩のついでのような気楽な足取りで『モダンタイムス』が両者の中間地点にやって来た。


「『モダンタイムス』!」


 唯一の友達だと言っていた『ライムライト』が顔を輝かせる。


「私、ちゃんとやってるよ! 見て! みんなみいんな、ぶっ殺してやるんだから! ねえ、『モダンタイムス』、私の友達!」


 必死にアピールする『ライムライト』に向かって、『モダンタイムス』は急にきょとんと首を傾げた。


「あれれ? 小生たち、友達だっけ?」


「……え……?」


「友達だって思ってるの、君だけじゃない? 小生、友達なんてひとりもいないもん!」


「…………え、え…………?」


 『ライムライト』の笑顔がいびつに凍り付く。それに追い打ちをかけるように、からからと笑いながら『モダンタイムス』が続けた。


「わかってないなあ! 君はただの駒、小生の道具、それ以上でもそれ以下でもない! 小生が君に一度でも『友達』なんて言葉を使ったことがあるかい? 友情なんて上等なもの、要求しないでほしいなあ!」


「……そ、んな……」


 まだ現実を受け入れきれず、『ライムライト』の顔には笑顔の残骸がこびりついていた。


「あ・そうそう! 君たちにも教えてあげるねえ!」


 完全に無視して、『モダンタイムス』はハルたちに向かって声を上げる。


「この子ねえ、親が大金持ちのお嬢様なんて真っ赤なウソ! 学校で日の丸弁当バカにされてたくらいの貧乏育ちなんだよう! 中学でも散々いじめられてきて、友達もできずにずうっと引きこもってたんだよねえ! それが病弱な深窓の令嬢だなんて、とんだお笑い種だ! あはは!」


「……やめて……!」


 真っ青になって悲鳴じみた言葉で『モダンタイムス』の暴露を止めようとしたが、『ライムライト』のウソで築き上げられてきた人生が次々と暴かれていく。


「今よりずうっとでぶっちょでねえ、ウソつき酢豚とか呼ばれてたんだよう! あはは、ウケる! 要は虚言癖だよねえ、ウソをついてなきゃ死んじまう類の人間!」


「……やめて、やめてよ……!!」


「小生、こんなウソまみれの友達なんてごめんだよう! 不誠実で自分勝手で、そりゃあ友達もできなきゃいじめられるし、ヒキコモリにもなるよねえ!」


「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてよう!! そんなこと、言わないで!! お願いだからやめて!! 私は、私はお嬢様で、病弱だから学校に行けなくて、だから友達がいなくて、だからあなただけがともだちで、だから、だから……!!」


「ほうら! 次はどんなウソをつくのかなあ? ほらほらあ!」


「いやああああああああああああああああああああああ!!」


 ツインテールの頭をぐしゃぐしゃとかき乱しながら、崩れたメイクで黒い涙を垂れ流しにする『ライムライト』。その様は発狂と呼ぶにふさわしく、しばらくの間、人間の言葉ではないけものの咆哮のような絶叫を上げていた。


「あははははは! 壊れちゃったあ! たーのし!」


 子供のように面白がる『モダンタイムス』は、関係者が集い、ネットで生中継されていて、今にも『ライムライト』の勝ちが確定しようとしていたこの時を狙ってすべてのウソを暴露したのだ。


 『ライムライト』を完全に壊すために。


 手駒をわざと潰すために。


 ……それにしたって、この仕打ちはむごすぎる。


「『モダンタイムス』ううううううううううう!!」


 黒い涙で濡れた顔を般若の形相にして、『ライムライト』は『モダンタイムス』に向かってレーザー砲をヤケクソのように何発も放った。


 瞬間、『モダンタイムス』の影から、どろん、と黒い忍び装束の秋赤音が現れ、『モダンタイムス』を抱えてすべての攻撃を回避する。


「あるじ様、お怪我は?」


「うん、だいじょうぶい!」


「ぶっ殺してやる!! ぶっ殺してやるううううううううう!!」


 目を血走らせ、極大のレーザーを放つ『漆黒の姿見』。


 誰も太刀打ちできなかったそのレーザー攻撃を、秋赤音の黒いクナイが迎え撃つ。水流を裂くように光の帯をまっぷたつにし、当たり前のように『モダンタイムス』を守り抜く秋赤音。


 さすがは、最強の『影』。この程度の攻撃など簡単にいなせてしまうか。いずれこれと対峙しなければならないと思うと気が重い話だが。


「くきいいいいいいいいいいいいいい!!」


 狂乱しながら、無駄とわかっているのにレーザーを乱発する『ライムライト』。ある時はかわし、ある時は切り裂き、秋赤音はすべての攻撃を退けていく。


 一見、ただの悪質な愉快犯のような行動だが、『モダンタイムス』の意図を、ハルはなんとなく理解していた。


 『モダンタイムス』は、ハルたちを援護しに来たのだ。


 レーザー砲の乱射で蓄えられたエネルギーはどんどん枯渇していっている。そのための暴露、そのための侮辱、そのための挑発だった。


 注意が『モダンタイムス』に向かっている間は、時間稼ぎになる。その間にある程度の作戦を練ることができるだろう。


 そして、『ライムライト』は正気を失い、正常な判断ができなくなっている。『ライムライト』お得意のまやかしも、今はハルたちの味方だ。


 だが、援護しにきたと言っても、決してハルたちの味方になったわけではない。『モダンタイムス』が望むのは、あくまでも『影使い』たちによる潰しあいだ。『ライムライト』に圧倒的なひとり勝ちをされてしまうと困るのだろう。


 その意図するところはわかっていたが、ここはあえて乗らせてもらう。


「……みんな、聞いてほしい」


 遠目に『モダンタイムス』と『ライムライト』の攻防を見ながら、ハルは全員に告げた。


「これから最後の切り札を切る。僕は賭けに出ようとしてるんだ。もし僕の考えに間違いがあったら、言ってほしい。なんの遠慮も容赦もいらない。間違っていることは間違っていると言ってほしいんだ」


 緊張でぴりぴりしていた空気が、ほんのわずかにゆるんだ。それを代表するかのように、ミシェーラがうなずいて声を上げる。


「わかった! みんなで考えよう!」


「まったく、困った指揮官だよ、塚本ハルは。ここがアフガニスタンだったら17回は死んでる」


「ああ、わかってる! ハル、いっしょに考えようぜ!」


 他のみんなもそれに続いた。影子が、ばあん!とハルの背中をぶっ叩く。


「胸張れや、大将! アンタの音頭がなきゃあ、アタシたちは踊れねえ!」


「……ありがとう、みんな」


 受け入れられたことの安堵に、ハルは久しぶりに顔をゆるめた。


 そして打ち明けられた作戦の概要とは……

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