№31 義に殉ずる

 倫城一誠は、ある意味ハルよりも冷静に戦局を見極めていた。


 味方はひとり、またひとりと脱落している。攻撃しても反射できないレベルには到底足りなくて、相手の手数を増やすばかり。このままこの戦闘を継続していれば、いずれ終わりは来るだろう。


 ジリ貧だ。もはや戦いは負け戦の様相を呈していた。


 ここで逆転を図るには、なにかひとつ、打開策が必要だ。


 『影』や『曳光弾』による遠距離攻撃は、すべて『漆黒の姿見』に吸収されてしまう。悪手でしかない。


 ならば、敵の攻撃をすり抜けて、本体に直接攻撃を仕掛けることができれば?


 『影使い』とはいえ、身体的には一般人であるミシェーラやザザにはこの仕事をこなすことはできないだろう。ならば必然的に、『猟犬部隊』という戦闘のプロフェッショナルがその役を担うことになる。


 『猟犬部隊』の中で最も若く、機動力があるのは自分だ。ゆえに、自分が向かうことが最適解だと倫城一誠は結論を出した。


「俺が本体を叩きます!」


「待て、倫城! 突出するな!!」


 制止するベテランの『猟犬』の声を無視して、倫城一誠は、ぐ、とコンバットブーツの足で地面を蹴った。


 雨あられと降ってくるレーザーの隙間を乱数回避でかいくぐりながら、腰のシースからナイフを引き抜く。敵は非武装の女の子ひとり、組み伏せて拘束できるならそうするし、できないならば首をはねることも考えた。


 最前線を走り抜け、倫城一誠が道を切り開く。ホームベースである『ライムライト』まで、もうひと走りだ。逆転サヨナラホームランを決めてやる。


 レーザーの網目を慎重かつ大胆に潜り抜け、死線ぎりぎりのところを攻め、倫城一誠が『ライムライト』に肉薄した。


 とらえた!


 そう確信し、『ライムライト』の襟首を引きずり倒して組み伏せようとした、そのときだった。


 わき腹に深く鋭い痛みが走る。その痛みは電撃のように全身を駆け抜け、ぬるりとした血の感触がしたたり落ちた。


「……がはっ……!」


 吐き出した血のかたまりがヘルメットのバイザーの内側を汚す。大量出血しながら見下ろすと、装甲服のわき腹の継ぎ目に日傘の先端が刺さっていた。ちょっとやそっとのことではやいばが通らないこの戦闘服を貫いたのだ、おそらくは日傘の先端は特殊合金のナイフになっていたのだろう。


 その場に倒れ伏し、『ライムライト』の高笑いを聞く。


「きゃはははは!! ばっかじゃないの!? これくらいの対策、してなかったと思った!? ねえ、思った!?」


「倫城!!」


 仲間の『猟犬』たちがふたりがかりで負傷したからだを引きずり、迫るレーザー砲から足早に退却した。


 後衛まで連れ戻されながら、倫城一誠はひどいめまいで意識を飛ばしかける。


「……ぱい、先輩!!」


 耳慣れた声に意識がわずかに引き上げられた。薄く目を開けると、血まみれのバイザー越しにハルの涙目があるのが見える。


「……つか、もと……」


「しゃべらないでください!!」


 少数精鋭、ということで、救護班はほとんどいない。それでもヘルメットと装甲服を開けられ、応急処置を施された。が、失った血液は戻らないし、今もどんどん血が出ている。きっと太い血管をやられたのだろう。


 また血を吐き、倫城一誠はぼんやりと思った。


 すぐ近くに、死がある。


 それは限りなく透明なひんやりとした液体のようなもので、徐々に倫城一誠のからだに、いのちに染み渡ろうとしていた。


 いのちの輪郭がくっきりと浮かび上がり、ああ、自分は今までたしかに生きてきたんだな、と今更ながら実感する。


「……わるい、つかもと……」


「もういいですよ!! それより、しっかりしてください!!」


 思いびとにそんな風に言われれば、少しは気力ももつというものだ。


 が、残された時間はわずかだけだ。


 ハルのために、できるだけ言葉を残しておきたい。


 少しでも思いびとのこころに爪痕を残したい。


 そんな考えで、倫城一誠は必死に声帯にちからを込めた。


「……おれ、かえったら、つかもとと、けっこん……するんだ……って、いえばいいのかな……このばあい……」


「縁起でもない死亡フラグを立てないでください!」


「……はは……こんなときでも、つっこむのな……ああ、こりゃあ、にかいきゅうとくしんだ……なあ、つかもと……」


「今は話聞きませんよ!? 最期の言葉なんてまっぴらだ!!」


「……いいから、聞いてくれ……なあ、おれ、おまえのこと、だいすきだよ……けど、おれはいいんだ……おまえは、つかもとかげこと、いっしょに、しあわせ、に……」


 そこで、とうとう意識の糸が切れた。ぱたりと落ちる腕と共に、視界がブラックアウトする。


 ハルは目を閉じた倫城一誠のからだを抱きしめ、きつくくちびるを噛みしめた。


 義に殉ずる、とはこのことかもしれない。


 ハルのしあわせを願って、そのために倫城一誠は戦ったのだ。


 その結果がこれだった。


 いつもさわやかに笑ってすべてを解決してきた倫城一誠でも、最後の最後に湿っぽい言葉を残していった。


 そして、それはしっかりとハルのこころに爪痕を刻み込んだ。


 ……悲しむのはあとだ。


 今は、先輩の出した結果にふさわしい、逆転の一手を考えなければならない。


 ハルはひと筋だけ涙をこぼした後、倫城一誠のからだを地面に横たえ、戦場に戻っていった。


 勝った後に、泣けばいい。


 それが先輩が望むことだろうから。


「みんな! 今から、三枚目の手札を切る! これは切り札だ!!」


 ようやく背中を押されたハルが周囲の耳目を集める。


 のるかそるか、勝負に出る時がきたのだ。


 そしてハルは、三回目の号令を発そうとして……

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