№30 ブラックジャック

 ……一回は防いだ。


 問題は、二回目だ。


 先ほどのレベルの攻撃では、また反射されてしまう。それを上回るほどの攻撃が必要だ。


 どのくらい強くすればいいのかはわからない。最大出力を放った後で、それも反射されてしまえば、もうハルたちになすすべはない。消耗と、反射攻撃。このふたつに追い詰められてしまって身動きが取れなくなるだろう。


 なので、見極めが重要だった。


 最小限で最大の効果を。ほんの少し、反射のレベルを上回るだけの攻撃。その一撃なくして、勝利はない。


 どうする? 影子の『総攻撃』でも、ミシェーラやザザの一斉攻撃でも反射されてしまった。このふたつを合わせてみるか? いや、それだとこちらの消耗が激しすぎるし、反射されてしまった場合は先ほど以上の反撃が来るだろう。それは避けなくてはならない。


 どうする?


 すべてはハルの判断にゆだねられていた。


 盾である『メイド』のからだは、二回目にぎりぎり耐えうるかどうかもわからない。つまり、ハルたちが攻撃できるのは最大三回だ。だが、三枚目のカードを切るのはあまりにも危険すぎた。


 どうにかして、三枚目のカードを切らず、二回目で決着をつけるか。ハルの匙加減ひとつで全滅が確定するかもしれない。


 考えなければならないが、太陽光エネルギーを利用したレーザービームという攻撃もある以上、悠長にとはいかない。


 間違いのない判断を。


 まだ迷いは残っているが、ハルはそれを振りほどくように全員に二回目の攻撃を告げた。


「ミシェーラとザザは最大出力! 『猟犬部隊』は『曳光弾』全弾発射! 影子、前線に出てチェインソウで通常攻撃!」


『了解!』


 ハルの判断になんの疑いもなく、全員が従った。一筋でも疑念があれば、こんな一糸乱れぬ連携攻撃などできないだろう。今まで何人もの『影使い』と対峙してきたハルだからこそ、その実績を信頼されているのだ。


 その信頼に応えなくてはならない。この判断で、きっと間違っていないはずだ……!


「カウント! 3! 2! 1!」


 焦りのせいか、カウントダウンのテンポは早かった。再び、0になるタイミングで指示通りの攻撃が一斉に『漆黒の姿見』に叩き込まれる。


 爆炎が、無数のやいばが、光の弾丸が、チェインソウが、寸分の狂いもなくシンクロした。


 鏡面が歪むように大きな波濤が沸き上がり、ぱきん、と鏡の端に亀裂が走った。『ライムライト』の表情に苦いものが混じる。


 ……しかし、ぎりぎりで競り負けた。亀裂はそのままに、鏡面はもとの湖面のような静けさを取り戻す。


「……ふ、あははははははは!! ちょっとひやひやしたけど、あんたたちのまーけー!! バーカ! じゃあ、処刑たーいむ!!」


「『メイド』!」


「うう、わかってますう!」


 急いで二回目の防御の指示を出すと、『漆黒の姿見』から先ほど以上のやいばと爆炎の波が押し寄せた。からだを張ってその攻撃を受け止めた『メイド』は、眉をしかめてその波に削られ、黒い塵となって久太の影に消える。


 マズい、これでこちらの防御壁はなくなってしまった。


 二枚目のカードは不発に終わった。


 自分の判断ミスに、ハルは顔を青くする。せっかくみんなが信頼してくれたのに、応えられなかった。やはり自分は指揮官として未熟だったか。


 苦い思いを噛みしめているヒマはない。すぐにでも次が来る。


 もう『メイド』の壁はない。だとしたら、この三枚目が最後の切り札となる。全力の総攻撃を仕掛けるか? いや、そんな玉砕覚悟の賭けに出るほどの思い切りは、ハルにはなかった。ヘタをすれば全滅だ。そんな判断はできない。


 決してみんなを信用していないわけではない。


 ただ、『信頼』ができないのだ。


 どんな無茶でもやってのけてくれる、自分の全部を預ける、その踏ん切りがハルにはどうしてもつけられなかった。


「ほらほらあ! ぶっ殺しタイムはまだ続くんだから! きゃはははははは!!」


 『漆黒の姿見』から、極大レーザー砲が放たれる。一撃、二撃、三撃。いくら直線状の攻撃とはいえ、違う角度から三回も撃ち込まれれば回避はしづらくなる。


 レーザー砲を避けるために、各々が回避行動を取った。おかげで、フォーメーションは総崩れだ。


「くそっ、くそ!!」


 焦ったザザが、レーザー砲の軌道をずらすように『黒曜石のナイフ』を放つ。そのおかげで何人かの『猟犬部隊』が射線から外れたが、またしてもエネルギーを蓄えられてしまった。


「影にさえ入れば、本体を叩けるのに……!」


 ミシェーラの『影爆弾』が『ライムライト』の影めがけて殺到するが、その前に『漆黒の姿見』が立ちはだかり、『影』に吸い込まれた爆発エネルギーもまた、『ライムライト』のものになってしまった。


「アタシも……!」


「ダメだ、影子! 君はあいつと相性が悪すぎる!」


「出し惜しみしてる余裕なんてねえぞ!」


「その攻撃が跳ね返ってきたらどうする!?」


「……っ!」


 恐慌。怯懦。指揮官としては絶対にとらわれてはいけないものに、ハルはとらわれていた。もし攻撃が跳ね返ってきたら、みんな死んでしまう。もし次に多段レーザー砲が来たら、誰かが死ぬ。そんな『もしも』を考えてしまうと、足がすくんで前に進めなくなった。


 そんなハルに構わず、『ライムライト』はレーザーをあちこちに乱射した。まだ負傷者だけで死者は出ていないが、時間の問題だ。


 たっぷりとエネルギーを蓄えた『漆黒の姿見』は、もはや一個大隊並の戦力を有している。ちまちま攻撃していてはとても勝てない。


 なにか、なにか策はないか……!?


「きゃあああああ!!」


「わああああああ!!」


 レーザーの余波でばたばたとひとが倒れていく。


 敗北は、時間の問題だった。

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