№29 最後通牒
そして、対『ライムライト』作戦の決行日がやってきた。
ハルと久太は昼間に落ちあい、この日のために用意されたフィールドである郊外の採掘場へと向かう。特撮などの撮影に使われている場所だ。そこでなら、こちらも存分に火力を振るえる。
何もない荒野は、この世のものとは思えない風景だった。ふたりで立ちすくんで、無言で『ライムライト』を待つ。
……やがて、遠くから黒い日傘がやって来るのが見えた。小さな点だったそれは徐々にひとの形として認識できるようになり、ゴシックロリィタの衣装まで視認できるほどとなった。
「こんにちは、わたくしの敵」
「……こんにちは、『ライムライト』」
あいさつを交わして、日傘を畳む『ライムライト』。
「ネットを使って実況中継とは、やりますわね。わたくし、まんまとおびき寄せられてしまいましたわ」
そう、今日のこの一戦は、『影の王国』対策本部の公式チャンネルで生放送されている。これならどこを探しているのかわからない『ライムライト』も、こちら側の地形に誘導することができると踏んでのことだった。
逆柳の目論見は見事に当たり、『ライムライト』は現れた。
もちろん、生放送のメリットはこれだけではないが。
「けれど、わたくしがここへやって来た意味はお分かり?」
「……少なくとも、仲直りをしにきたわけじゃなさそうだね」
「当然ですわ! わたくし、あなた方をぶっ殺しに来ましたの! わたくしを散々バカにしたあなた方、絶対に許しませんわ!」
「待って、『ライムライト』。少し話を聞いて。最期の言葉として聞いてくれ」
した手に出たハルは、『ライムライト』に頼み込んだ。ふふん、と笑った余裕の『ライムライト』は、
「いのち乞いかしら? よろしくてよ、少しなら聞いて差し上げますわ」
一応は聞く耳を持っているらしい。これさいわいとハルは訴えかける。
「君は利用されているだけなんだ。『モダンタイムス』は僕たち『影使い』に潰し合いをさせて、ひとりきりの王様になろうとしてる。君も使い潰しにされるんだよ。今からでも遅くはない、こっち側へ来ない?」
ハルが手を差し伸べると、『ライムライト』の顔色がみるみる変わった。青ざめた後に真っ赤になって、
「いや!! 私の友達は『モダンタイムス』だけ!! たったひとりの友達から離れて、ウソつきのあんたたちの言いなりになんてならない!!」
激しい拒否反応を見せた『ライムライト』の影から、ず、と『漆黒の姿見』が現れた。これも挑発だったのだが、まんまと乗ってくれた。この鏡が出て来なければ意味がない。
今回は『無影灯』ヘリは使えない。なんの遮蔽物もない荒野にヘリなど飛んでいたら、目立って警戒されてしまうからだ。それに、『ライムライト』の『影』を引きずり出すことも作戦の内、必要はない。
現れた黒い姿見を確認すると、岩の影に伏せていた影子、ミシェーラ、ザザ、そして『猟犬部隊』が一斉に姿を現した。そして、素早い動きでたちまち『ライムライト』を取り囲んでしまう。仕舞には、久太の影から『メイド』も出てきた。
はめられた、とわかった『ライムライト』が、不機嫌そうに眉をひそめる。しかし、あくまでも『影の王国』側に立つと聞いた以上、ハルたちに容赦はなかった。
「攻撃をしなければ、反撃できない。その鏡は大きいだけのでくのぼうだ。多勢に無勢で申し訳ないけど、君の負けだよ、『ライムライト』」
これで勝利が確定すれば、『ライムライト』も身柄を拘束される。『影使い』を確保し、なおかつ生放送で実況することによって、『影の王国』対策本部に対する世論の追い風も吹くことだろう。
すべては計算づくだった。攻撃さえしなければ、あの厄介な反射攻撃も来ない。
……そう思っていたのだが。
……くすくす……くすくす……
見れば、『ライムライト』は紫色のくちびるを卑屈に歪めながら笑っていた。その不気味な笑みに、ハルの中にイヤな予感が駆け抜ける。
「……ねえ、本当にそう思う?」
瞬間、『漆黒の姿見』からレーザー砲が放たれた。岩場を焼き焦がす直線の攻撃はハルたちをかすめる程度だったが、たしかな威力を持っている。
なぜ? こちらは一切攻撃していないのに?
驚きを隠せないハルたちに向かって、『ライムライト』はご高説を垂れるような声音で告げた。
「太陽光エネルギー、ってご存じ?」
しまった。太陽光までエネルギーとして反射できるとは想定していなかった。前回戦ったのは屋内でのこと、今回の荒野での戦いでは昼日中の太陽がさんさんと降り注いでいる。そのほんの少しの違いに気が回らなかったハルたちのミスだ。
にんまりと笑う『ライムライト』は、まずは子供から、と思ったのか、ザザに砲台の筒先を向ける。
「……くそっ……!」
ザザが影から『黒曜石のナイフ』を飛ばすのと、『漆黒の姿見』がレーザー砲を放つのはほぼ同時だった。『影』による攻撃でほんの少し軌道を逸らされたレーザーが、ザザのすぐそばを通り過ぎていく。
攻撃、してしまった。『漆黒の姿見』はスタンバイ状態だ。
しかし、こうなることを予想したプランも準備できている。
「みんな! プラン102!」
『了解!!』
応じた面々がフォーメーションを組んだ。『メイド』は最前線で盾となり、その後ろからミシェーラ、ザザ、『猟犬部隊』の銃火器での遠距離戦を挑む。鏡と相性の悪い影子は最終防衛ラインというディフェンスに徹する。
「カウント! 3、2、1!」
ハルの指示に従って、0になるタイミングで全員が一斉に『漆黒の姿見』に向かって全力攻撃を叩き込んだ。
逆柳の見解は、初の接敵をしたときのハルと同様だった。必ずどこかで、反射しきれないレベルというものが目に見えてくる。オーバーフローを狙って一斉攻撃、一旦仕掛けてしまった以上、これしか手はなかった。
ミシェーラの『影爆弾』が、ザザの『黒曜石のナイフ』が、『猟犬部隊』の『曳光弾』が、一気に『漆黒の姿見』に撃ち込まれる。鏡面が大きく波打ち、これでいけるかと思われた。
……が、『ライムライト』の『影』は健在だった。
「……仕返ししてやる……!」
にやにやと笑う『ライムライト』の『影』から、黒いやいばの混じった爆炎が吹き上がった。超広域の手りゅう弾のようなものだ。
「頼む、『メイド』!」
「了解でっす♡」
反射されてしまったときの対策もしてある。巨大な『メイド』の影が爆炎に覆いかぶさるように伏せられ、その爆発は最小限にとどめられた。
「……ふええん、痛ぁい……」
「泣きごと言ってんじゃねえ! 今は耐えろ!」
「わかりましたぁ、ご主人様ぁ♡」
半分ほど塵になりかけながら、『メイド』が甘えたような声音を上げる。
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