№27 バカになる覚悟

 思った以上にスムーズに、久太はASSBに保護されることになった。逆柳が言うには、また雪杉の暗躍があったようだ。まるで織り込み済みのように事が運んだ。


 これから久太は、もとの高校生活に戻るそうだ。家出扱いだった家族の元に帰り、監視はつけられるものの以前のような普通の暮らしが用意されていた。


 対『ライムライト』戦に備えて、各々しっかりと休養を取るように言われ、ハルは今日も自室でぼうっとしていた。


「……ねえ、影子」


 夕映えに照らされる室内に伸びる影に向かって、なんとはなしにつぶやくハル。当たり前のように返事がない。あれ以来、影子は表には出てこなかった。ハルに対する無言の抗議のように。


 それでも、ハルは続ける。


「君が言ってたことがやっとわかったよ。たしかに、僕は自分だけが利口で、周りとは考え方が違うと思ってた。見下してたわけじゃないけど、そういう風にとらえられても仕方がない振る舞いをしてた。けど、だからこそ、全部ひとりで決着をつけようとしてたんだ」


 思うがまま、つらつらと胸の内を語る。


「けど、たぶん僕は、君が思ってるよりずっとおろかだ。間違うことだって、失うことだってある。そんな時、きっと後悔するんだ。あのとき、もっとみんなでいっしょに考えればよかった、って」


 返事はないが、構わなかった。影を見詰めながら、ハルは話し続けた。


「……いや、みんな、じゃないな。他でもない、恋人の君にもっと相談してればよかったな、って。僕は決して、自分だけが偉いとか、みんなをバカにしてるとか、そういうことは思ってない。ただ、意見をすり合わせて、ときにはぶつかって、歩み寄ることを知らなかったんだ。どうせ理解されない、って。拒絶されるだけだって、あきらめてただけだ」


 ふと、影が揺らめいたように見えた。気のせいだろうか。しかし、ハルは思わず強い口調になった。


「けど、そのあきらめを捨てるよ。君にだけは本心を話すって約束する。拒絶されようがなんだろうが、君には一番に話すよ……僕の一番の理解者は君だって、信じてるから。拒絶されることを覚悟して、バカになるよ」


 そう言い切って、一分ほどの沈黙が流れた。それでも、ハルは待っていた。


 やがて、ハルの影からおずおずと白い手が伸ばされ、ハルの手を握る。


 そのまま引きずり上げると、ずる、と影子がふてくされたような表情で出てきた。むすくれたまま、こっちを見てくれもしない。それでも、出てきてくれたということはなにか言いたいことがあるのだろう。


 夕日が差し込む六畳間にちょこんと正座して、影子は突然喚き散らした。


「やっと気づいたか! バーカバーカ、バーーーーーーーーーーカ!!」


 ハルもまたきっちりとベッドの上に正座して、深々と頭を下げる。


「……すいませんでした……!」


「おっせえよ!! アタシに言われた時点で気づけよ、このニブチンが!!」


「……嫌いになった?」


 おそるおそる尋ねると、影子は急に語勢を弱め、口を尖らせながら小さく答えた。


「……なるかよ、バカ」


「じゃあ、好きになった?」


「……なったよ、バカ」


「……そっか、よかった」


 ほっとした様子のハルに、影子は少しイラついたようだった。


 がっ!とハルの顎をわしづかみにすると、強引に顔を近づけ、まっすぐに目を見て言い含めるように告げる。


「いいか? アタシは、アンタをまるっきり受け止める。だから、考えてること全部話せ。アタシは決して、アンタを否定しない。アタシはアンタのもんで、アンタはアタシのもんだからな」


 いつもと同じような、ジャイアニズム精神にあふれた言葉。しかしその実、文脈に沿って聞けばとてもやさしい言葉だった。


 そうだ、なにをビビっていたんだ。


 影子は決して、自分を裏切らない。他の人間が誰ひとりとして信じてくれなくとも、影子だけは最後までハルを信じ続けるだろう。それほどに固いきずなを結んだはずだ。


 なのに、自分と来たらそこに疑いをさしはさんで、かたくなになっていた。これは影子にものすごく失礼なことだし、自分の器の小ささで自己嫌悪に陥りかけた。


 だが、そんなハルも、影子はまるっと受け入れてくれるのだろう。


 今だけは、それに甘えたかった。


「……影子……!」


 感極まったハルは、ベッドの上で影子を抱きしめた。ぎゅう、と離すまいとちからを込める。影子は苦しそうにしながらも、たしかに笑ってその背中をぽんぽんと叩いた。


 茜色に染まる部屋の中で、ふたりはしばらく無言で抱き合っていた。

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