№26 ひとりじゃない

「ハルー!!」


 別室に集まっていたミシェーラが、涙声で飛びついてきた。おっとっと、とよろけながらも受け止めるハルに向かって、


「どこ行ってたの! 心配したんだから!!」


 半泣きで言われてしまっては返す言葉もない。よしよし、となだめながら視線を会議室のテーブルへやると、そこにはザザも集まっていた。


「おかえり、塚本ハル」


「ただいま、ザザ」


「あんたを剣山にするハメにならなくてよかった」


「それはぞっとしないなあ」


 苦笑いしながらミシェーラを落ち着かせ、席に着かせると、ハルもいすに腰を下ろした。


 そうこうしているうちに、ドアを開けてやってきたのは倫城先輩だ。ASSBの高校生エージェントである先輩が知らせを聞いて駆け付けたのは当然のことだろう。


「塚本、お疲れ」


「……お疲れ様です」


 さわやかさに少しの苦みを混ぜた笑顔に、ハルも苦笑を向けた。


 そして、『モダンタイムス』から聞いたことや、新『ライムライト』のこと、いっしょにやってきた久太のことも紹介する。ミシェーラや倫城先輩とは敵として一度会ったきりだし、ザザにとってはまったくの知らない顔だろう。


「……そういうことだったんだネ」


 重い現実を前にして、ミシェーラが沈んだ声でつぶやく。タイムリミットや真の目的、潰し合いをさせるつもりだった『七人の喜劇王』には知らされていなかった事実だ。


「……最初から、僕たちを同士討ちさせるつもりだったのか……だから、妹は、『黄金狂時代』は……!」


 ザザの琥珀色の瞳に復讐の炎がともる。妹の『黄金狂時代』の惨殺もこの計画の一端だったとしたら、『モダンタイムス』への憎しみもひとしおだろう。


「……つっても、集合的無意識?にアクセスできる『影喰い』?なんだろ、『モダンタイムス』は。いくら『影使い』だけは無事だって言っても、どう対抗するんだ?」


 唯一『影使い』でない先輩が発した疑問に、ハルは申し訳なさそうにつぶやいた。


「……すいません、そこまではまだ考えてなくて……」


「違うって。お前ひとりに背負わせるつもりはねえよ」


「そうだヨ、ハル!」


 ばん!と机を叩いて、ミシェーラが立ち上がった。胸を張り、笑顔を浮かべて大きな声で告げる。


「みんなで考えようヨ! 三人寄ればなんとか、だヨ! ハルはなんでもひとりで抱え込みすぎ! そういうのネ、時々ハルが遠くにいるような気がしてさみしくなるノ」


「……ミシェーラ……」


 そんな気持ちにさせていたとは知らず、ハルは無性に申し訳ない気持ちになった。そんなハルにうなずきかけて、


「ハルは頭がいいから、なんでもひとりで解決しようとするけど、そんな必要ないヨ。ワタシたちだって、バカなりにちからになるヨ。それがハルの考えてることよりもいい結果出せるかもしれないし、逆に届かないかもしれない。けど、ひとりで考え込むよりもずっと気がラクでしょ? バカも頼れるヨ!」


「おいおい、勝手にバカ仲間にすんなよ」


「アハハ、ごめんネ先輩」


「まあ、言ってることは同意だけどな。塚本は他人に頼り慣れてないっつうか、見てて危なっかしいんだよ、昔から。ほら、ひとりで考えてひとりで失敗したらひとりで落ち込むしかないだろ? けど、俺らバカといっしょにいれば、みんなで落ち込める。成功すればパーティーができる。どうだ?」


「僕もだいたい同じ。塚本ハルは頼れるやつだけど、切れすぎててこわいときもある。ちなみに、僕はバカじゃないけど」


「アー! ザザだけずるいヨー!」


「だって僕、バカじゃないもん」


 そう言いあって、集合したメンバーは笑いあった。ハルの頬にも自然と笑みが浮かぶ。


 そして、ようやく思い至った。


 そうか、影子が言っていたのはこういうことか。


 ハルはなんでも自分ひとりで解決しようとする。そして自爆して、ひとりで落ち込むのだ。まわりのひとたちのことをバカだと思ったことは一度もないが、無意識のうちに意見の衝突を避け、我を通そうとした。他の考え方を拒絶していた。


 それが悪いクセなのだ。


 今回に限らず今までもそうだった。思い返してみれば、ハルはあまりまわりのひとたちに自分の考えを話したことはなかった。それがみんなを不安な気持ちにさせていたのだというのなら、改めるべきだ。


 自分たちはチームなのだ。ハルはひとりではない。


 考え方というのはいくらでもあって、多様性に満ちている。その中から最適解を生み出すことの方が、よっぽど有意義だ。たとえそれがうまくいかなくても、ハルがひとりぼっちで落ち込む必要はない。苦しみもよろこびも分かち合える。


 別の意見に耳を傾けず、ただ自分の殻に閉じこもっていたハルは、知らず知らずのうちに周りを愚かだと決めつけ、自分の思う通りにしようとしていただけなのかもしれない。


 口が悪くてオブラートというものを知らない影子は『不気味だ』『受け入れられない』と言っていたが、要はそういうことなのだろう。


 恋人である影子だって、不安な思いをしてきたはずだ。何を考えているのか教えてくれないハルにやきもきしていたに違いない。それでもついてきてくれたのは、ハルに対する忠誠心があってこそだろう。


 ……悪いことをしたな。


 ぎゅう、と胸を締め付けられるような気持ちで、ハルは思う。


 明日、影子が影から出てきたら謝ろう。


 そして、できるだけこの悪癖を出さないように気を付けていこう。


 みんなで考え、みんなで行動し、みんなで結果を受け止める。


 簡単なようでいて難しいことだが、まだ言われている内が華だ。改善の余地はある。


 ……やがて、逆柳も合流して、対『ライムライト』戦についての作戦会議が行われた。もちろんハルも他のみんなも意見を出し合い、ディスカッションをして作戦を最適解に近づけていく。


 そうして出来上がった作戦とは……

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