№24 『受け止めきれねえ』
しかし、逃亡生活もそう長くは続かない。
これはいわば消耗戦なのだ。持ち駒の少ないハルたちにとっては、圧倒的に不利な戦いだった。
逆柳もそれを読んでいるのだろう、締め付けはますます厳しくなってきた。もはや買い出しにもうかつに出かけられない。ハルたちはコンビニの廃棄食料をこっそりと持ってきては飢えをしのいでいた。
外を出歩くことすら難しい。『ライムライト』の件もあることだし、基本的には夜、拠点を移動し、短い睡眠をとり、朝に目覚めて外を警戒するというせわしない毎日だった。
そんな日々の中で、ハルも久太も、少しずつ体力気力を削られていく。眠りも浅く、満足に食事もとれない。まさしくこれは、消耗戦なのだ。
すっかり憔悴してしまったふたりだったが、さいわいなことに影子も『メイド』も、外に出て形を保てるくらいには回復していた。戦闘となれば話は別だが、逃亡生活に影子が加わるのはありがたいことだ。
「……交代だ」
外で見張りをしていた久太が、廃プレハブに戻って来る。げっそりとやつれて、目の下には濃いクマができていた。おそらくはハルも同じような状態なのだろう。
「あとは任せて、少し休んで」
「……頼む」
疲れ切った久太の姿を見て、さすがに限界を感じた。
ASSBと『ライムライト』。このふたつの追手から逃げ続け、あてもなくさまよう。こんなこと、いつまでも続くものではない。もうデッドエンドはすぐそこなのだ。
なんとかしてこの状況を打開しなければ。
外で見張りに立ちながら、ハルは考えた。
こうなった以上、『影の王国』からの追手はどうあがいても確定している。『ライムライト』はハルたちを許しはしないだろう。『モダンタイムス』にしても、あれだけ堂々と敵対宣言をしたのだ、引いてはくれまい。
だとすると、ASSBの方がまだなんとかなりそうだ。
とはいえ、あの局面で裏切ったハルを、もろ手を広げてなんの処罰もなしにあの逆柳が受け入れてくれるはずがない。
だとすると、詫びの手土産が要る。逆柳とて今更『影使い』を失いたくはないだろうから、ほんの気持ち程度、形式的なものでいい。
そう、『モダンタイムス』の真の目的とタイムリミット、『ライムライト』という新しい『七人の喜劇王』の情報、そして久太の身柄だ。それは対策本部としても喉から手が出るほどに欲しいものだろう。
あの夜握手を交わした時点で、久太はおそらくこちら側に戻ってくることを決めた。もう敵ではない久太を監禁拘束する意味はなくなってしまう。逆に、保護してもらえるのだ。
『ライムライト』にしても、『影の王国』の手駒のひとつともなれば潰しておきたいに違いない。今マトになっていることを伝えれば、逆柳もそれなりの対策を立てるだろう。向こうからやって来るのだから、迎え撃つのはお手の物だ。
しかし、これには逆柳との交渉が必要になってくる。一旦は捕まらなければならないのだ。仮にハルひとりだけが捕まって、久太をどこかに隠しておいたとしても、外部の久太とコンタクトを取るのは難しい。
捕まって、逆柳が交渉のテーブルについたとしても、ハルの弁論術ではあの男を納得させることはできないかもしれない。以前真っ向から勝負を挑んだが、勝もせず負けもせず、といったところだった。ほとんど相手の胸を借りたと言ってもいい。
そんな逆柳と忖度なしの駆け引きをしなくてはならない。
正直、自信はなかったが、手持ちのカードでなんとか勝負するしかないのだ。
ハルたちの残された打開策は、もうそれしかないのだから。
問題は、どうやって逆柳までたどり着くかだが……
「……おい」
考え込んでいると、影子が外に出てきた。『影』である影子には目に見える疲労はなかったが、影子とて本調子ではない。
不機嫌そうに呼びかけられて、ハルは振り返った。
「なに?」
「ちょっと話あんだけど」
「うん、聞くよ」
そうだ、影子もずっとこの逃避行に納得しきれない様子だった。今話し合っておかなければ、のちのち遺恨になるだろう。
影子は、はあ、と深呼吸をしてから、ハルを赤い視線で貫く。
「今回ばかりは言わせてもらうがな、アタシはアンタのそういう誰にでもいいカッコしたがるところが気に食わねえ。たしかに、誰だってハッピーエンドがいいに決まってる。けどな、世の中そんなにうまくはいかねえんだ」
「…………」
「アンタは理想主義すぎんだよ。ここをこうすればみんながしあわせになって丸く収まる、けどあのひとがふしあわせになる。だったらこうして、ああ今度はあのひとが、その繰り返しだ。いびつなベストを尽くすために、口八丁手八丁でひとのこと丸め込んで。いいとこどりのリップサービスだ、そんなのは」
「……影子、僕はそういうわけじゃ……」
「聞いてくれ」
ハルの弁明を遮って、影子が続ける。
「たしかに、アンタなりによく考えてのことだろうよ。けどな、アホなアタシにゃ、アンタがなに考えてるか見当もつかねえ。頭良すぎて、なに考えてるのか全然わかんねえんだよ。ぶっちゃけ不気味だ。そういうところは相容れねえ、受け止めきれねえ」
影子にそう断言されて、ハルは初めて頭をがつんと殴られたような気分になった。
いつだってそうだ。自分ですべて背負い込んで、自分ですべて考えて、自分ですべてを完結させて。誰かに相談するだとか、誰かの意見を仰ぐだとか、そういうことはあまりなかった。
言ってしまえば、周りを見下していたのかもしれない。どうせ言ってもわかってくれない、理解してくれないだろうと。だからこそ、影子はそんなハルを『わけがわからない不気味な存在』としてとらえてしまっている。
しかし、ハルはどうしても思ってしまうのだ。この考えを誰かと共有できるか?と。理解してもらえずに否定されて、挙句ハルの思った通りに行かないかもしれない。それなら、最初から相談せずに自分ひとりですべてを大団円に導いた方がいいのでは、と。
全員のハッピーエンドのためには、ハルひとりで抱え込むことが最善なのでは、と。
「……恋人にここまで言われてるって、どういうことかわかってんのか?」
そう問いかける影子の声はせつなげで、どこか途方に暮れた色を帯びていた。
「……わかるさ」
かすれた声で返すハルは、叱られた子供のようにそっぽを向いた。
「けど、僕にはどうしようもない。説明したところで、君が納得してくれるとも思わないしね」
「そういうところだ。無意識だろうけど、アンタはアタシから知る権利を奪ってる。自分の考えてることを他人に伝えようとしねえ。どうせわかりゃしねえ、って、悪く言えばバカにしてんのさ」
「そんなことは……!」
図星を刺されて慌てて否定していると、にわかに遠くからばたばたと足音が聞こえてきた。言い合いの真っ最中だったふたりの間に緊張が走る。
複数、ということは『ライムライト』ではない、ASSBからの追手だ。その足音はどんどん近くなっていく。
先ほどひとりで考えていたことを思い起こした。とにかく、逆柳との交渉を成立させなければならない。そのためには、ハルひとりがASSBに捕まることが必要になってくる。
「……これは僕が君を見下してるからじゃなくて、単に時間がないってだけの話なんだけど」
「……ああ、わかってる」
ため息をついた影子は、ハルの指示に従って影に戻った。
急いで廃プレハブの久太を起こし、事情を説明してしばらくひとりで逃げてほしいと告げる。
そのすべてを終えたところで、ハルはホールドアップしながら足音の方へとゆっくり歩いていった。
影子に言われたことが跡を引き、足取りは重い。
それでも、『猟犬部隊』と接触し、ハルはASSBの名のもとに身柄を拘束されるのだった。
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