№21 同盟崩壊

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ケダモノのように慟哭して、『ライムライト』が滂沱の涙を流しながら発狂した。


 溶けたマスカラやアイラインで顔を汚し、一方で親のカタキのようにばくばくとシュークリームをむさぼり、クリームでも顔を汚し、きんきんした声でまくしたてる『ライムライト』。


「どうして!? どうしてみんな私のことウソつきだって言うの!?!? ウソじゃないもん! ウソじゃないもん!!」


 これまでにウソがバレたときのことがフラッシュバックしたのか、ツインテールを振り乱して頭を抱えている。黒髪にクリームがつき、もはや顔にたたきつけるようにシュークリームを食べる『ライムライト』を見て、べたべたした甘ったるいにおいでハルの胸はいっぱいになった。


「私はかわいくて気高いお嬢様で、からだが弱くて学校に行けなくて、だから友達がいないだけなんだもん! なのに、みんなねちねちねちねちねちねちウソだウソだウソだウソだウソだって!! みんな嫌い!! だいっきらい!!」


「落ち着いて、『ライムライト』」


 努めて冷静になだめようとするハルに、今度は『ライムライト』の矛先が向いた。きっ、とハルを睨みつけ、


「あんただってそうじゃない! 外で聞いてたんだから! 『影の王国』を拒絶した、って!!」


 しまった、聞かれていたか。『影使い』同盟を反故にするような発言が『ライムライト』の耳に入っていた。それはすなわち、同盟の崩壊を意味する。


 ここまで保ってきていたちからの均衡が今、崩れる。


 ぐしゃぐしゃとシュークリームの袋ごと口元に叩きつけながら、『ライムライト』はきんきんわめく。


「『影の王国』に来てくれるっていうのもウソ! 私の友達になってくれるって言ってたのもウソ! やさしくしてくれたのも、話をしてくれたのも、笑ってくれたのも、ぜーーーーーーーーんぶ、ウソ! ウソつき! ウソつきはあんただ! ウソつき!!」


「『ライムライト』、これにはわけがあるんだ。『モダンタイムス』が……」


 ハルは必死に説明をしようとしたが、『ライムライト』は頑として耳を閉ざしていた。きいきいとがなり立て、


「嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、だいっっっっっきらい!! あんたなんか友達じゃない!! 死ねばいいんだ!! 死ねばいいんだ!! 死んじゃえ!! 死んじゃえ!! 死んじゃえええええええ!!」


 口の周りをクリームまみれにして絶叫する『ライムライト』の影から、突如として呼応するように黒い物体が出現した。


 静かに伸びるそれは生き物ではない。植物でもない。ただの物体。


 それは、天井まで届くほどに巨大な黒い姿見だった。


 光を反射する、影とは真逆のはずの道具が、漆黒の鏡面を晒しながらたたずんでいる。デコラティブな装飾がされた、豪奢な造りのそれは、しかし光を跳ね返さずすべて黒に吸い込んでしまっている。


 鏡とは、真実を左右逆転させて映す、詐欺師のような存在だ。


 これがウソつき『ライムライト』のいびつな『イデア』。


 真実を映しているようで映していない、『ライムライト』の陰の部分。


 息を詰めて黒い姿見を見詰めていると、後ろから影子に腕を引かれた。


「ぼさっとしてんじゃねえ! こうなったらやるしかねえ! とっとと片づけんぞ!!」


 そうだ、『ライムライト』が『影』を出したということは、『影使い』同盟はもう無効、『ライムライト』は敵ということになる。すぐにでも戦闘になるだろう。ハルにできることは、一歩引いて少しでも敵の能力を分析し、作戦を立てることだけだ。


 影子にかばわれるような格好になり、いまだになにか叫んでいる『ライムライト』の『影』の正体を見極めようと、ハルはことの成り行きを冷静に見極めようとした。


「出られるか、『メイド』!?」


「はあい、ご主人様♡」


 久太が自分の影に呼びかけると、ビルのように巨大な『メイド』の姿が現れた。廃別荘の屋根の一角を崩す、その堂々たる威容。


「いったあい! 頭ぶつけちゃったあ」


 アニメ声で泣きべそをかく『メイド』を、久太が叱りつける。


「気にしてる場合か! 来るぞ!」


 しかし、『ライムライト』からの攻撃は一向に来ない。ただただ何ごとか喚き散らしているばかりである。


「そっちから来ねえってんなら……こっちからイかせてもらうぜ!!」


 ぎゅん、と加速しながら、自分の影から黒いチェインソウを引き抜き、エンジンをかける。どぅるん!と駆動するやいばで、すれ違いざまに『漆黒の姿見』を斬りつける影子。


 だが、手ごたえがなかった。チェインソウのやいばがそのまますり抜けてしまったかのように、泉のような鏡面は健在だ。


「どうなってやがんだ!?」


 何度も何度も、チェインソウでめちゃくちゃに斬りつけても、『漆黒の姿見』は揺らがなかった。まるでそこに存在しない幻のように。これは、『影』ではなく『ライムライト』を攻撃しなければならないパターンか……?


「『メイド』! 本体を叩け!」


「はあい♡」


 久太の掛け声に、『メイド』がこぶしを振りかぶる。


 ごう、とうなるパンチのインパクト直前に、ゆらりとかすんだ『漆黒の姿見』が『ライムライト』をかばうように現れ、その衝撃をすべて黒い鏡面に吸い込んでしまう。


 なんだ、これは? 防御用の、幻の鏡か? たしかに、盾としては優秀だ。すべての攻撃を吸収してしまう、ショックアブソーバーなのだから。


 しかし、曲がりなりにも『七人の喜劇王』の一角、『ライムライト』の『影』だ、それだけではないような気もする。


 あれだけ卑屈だった『ライムライト』の『影』。攻撃性を内面に向けていた『ライムライト』の『イデア』だ、なにかしらの攻撃手段を持っていてもおかしくはない。


 しかし、ハルはその分析を口に出すことはしなかった。


 ……そして、のちに後悔することになる。


「怯むな! 見えなくてもダメージは嵩んでるはずだ! このままがんがん行くぜ!!」


「おう! 『メイド』!」


「了解ですう♡」


 ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!と高速回転するチェインソウのやいばが、『メイド』の強烈なパンチが、次々と『漆黒の姿見』に叩き込まれる。そのたびに黒の鏡面が揺らめき、『ライムライト』を守った。


 ……なんだかイヤな予感がする。


 絶対に、ただの防御だけでは終わらないはずだ。


 だとしたら、うかつな攻撃はあだとなる。


 ハルが猛攻を仕掛けるふたりに待ったをかけようとした、ほんの数秒前。


 にやり、と『ライムライト』のクリームまみれのくちびるが卑屈に歪む。

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