№20 ウソつき

 影子たちが潜んでいる廃別荘まで戻ってくると、ハルは『モダンタイムス』から聞いたすべてを話した。『ライムライト』は食料の調達に出かけていてここにはいない。


 話し終えたとたん、何とも言えない沈黙が訪れる。


「……あいつにも、そんな事情があったんだな……」


 ぽつり、つぶやく久太の言葉を否定するかのように、影子が吐き捨てた。


「クソが、どんなおかわいそうな事情があるにせよ、世界を道連れにしていい理由になんてなるか!」


「そう、だから僕は、『モダンタイムス』を拒絶した……久太、君も『影の王国』から離れるんだ。このままじゃ、君まで使い潰されてしまう」


 このままでは久太も、潰し合いの駒にされてしまうのだ。それだけは避けなければならない。


 ハルは久太にまっすぐに向き合ってそう告げた。


 が、久太は困ったような顔をして金髪坊主頭をかき、


「……わかってる。けどな、俺もおいそれとは許されねえ存在なんだ。そう簡単にはそっち側には戻れねえよ」


「久太……!」


 ハルが語勢を強くしようとしたその時、甲高い声が入口から聞こえてきた。


「ただいま帰りましたわー! みなさま、わたくしのブラックカードでスイーツを買ってまいりましたの! わたくしも、庶民のスイーツ、案外嫌いじゃないんですのよ!」


「うるせえ、ブスロリが」


「あらあら、影子さん、早速尖っていらっしゃいますわね!」


 室内だというのに黒いフリルの日傘をくるくる回しながら、大きなビニール袋を三つもぶら下げた『ライムライト』が、また謎の決めポーズを見せつける。


「スイーツって……お前なあ、もうちょっとハラにたまるもん買って来いよ!」


 久太が少しきつめに言うと、急に『ライムライト』は怯えてからだをこわばらせ、ビニール袋を落とした。


「ひ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 卑屈に謝り続け、せこせことビニール袋を拾い上げる『ライムライト』。そんな様子に久太も驚いたらしく、急いでフォローを入れる。


「い、いや、強く言って悪かった……」


 もとから口が悪いとわかっている影子はかわせたものの、普段あまり不良らしいところを見せない久太の言葉は直撃したようだ。ビニール袋を抱きしめて青ざめている『ライムライト』は、取り繕うように口調を速めた。


「と、とにかく、いただきましょう! お安いからついついたくさん買ってきましたの! 量はたくさんありますわ!」


 朽ちかけたテーブルの上に、『ライムライト』はビニール袋の中身をぶちまけた。


 ……シュークリームだ。


 山ほどのシュークリームが鎮座している。


 本当に、シュークリームしかない。しかも同じ味ばかりだ。


 また久太がなにか言いかけて、やめて、呆れたようなため息をついた。


 ……そして今、四人はシュークリームの山を囲んで、もくもくとスイーツを口に運んでいる。無言でシュークリームを切り崩していく様子は、さながらなにかの儀式のようだった。


 ひたすらに食べているうちに、胸が焼けてきた。喉さえ渇いている。なにか飲み物はあっただろうか。当然ながら、『ライムライト』に飲み物を買ってくるという気遣いはなかった。


 胸やけと気まずい沈黙に耐えかねて、久太が思い出したように口火を切った。


「……そういやお前、いいとこのお嬢様なんだよな? 出歩いてて、家族はなんも言わねえのか?」


 ハルもそこのところは疑問だった。からだの弱い華族令嬢がこんなチェイスに付き合っていていいのだろうか、と。


 『ライムライト』は一瞬動きを止め、そして何事もなかったかのようにシュークリームを食べながら、


「……ええ、両親は海外赴任しておりまして、執事が仕えておりますので」


「それにしたって、その執事が怒られんだろ」


「……それは、執事はあえてわたくしに甘くしているんですの。わたくしに恋をしているのですわ」


「だったら、なおさら外には出したくないだろ、そんなの」


「……ですから……あまり束縛するのも悪いと言っておりまして……」


「なんだ、もう付き合ってんのか?」


「……ええ、執事とはもうずっと前から」


「執事っつったらじいさんだろ、ずっと前からなんてロリコンじゃねえか」


「……いえ、執事はまだ二十歳の身でして」


「その年齢じゃ、ずっと前からだったら、執事じゃないころからの知り合いだな。どこで知り合ったんだ?」


「…………両親はとある学園の理事長をしておりまして、そこで生徒会の会長をしておりまして、わたくしは副会長で」


「あれ? お前の両親、海外赴任してんじゃねえの?」


 久太が場を和ませるために世間話の質問をするたびに、『ライムライト』の動きが一瞬止まり、そして舞台ゼリフのような言葉が出てくる。


 ここまで来ると、ハルにも察しがついてきた。


 『ライムライト』はウソをついている。それも、ひとつきりではない。


 虚言癖、というやつだ。ウソで自分を塗り固めていなければ気が済まない、ウソのためにウソをつく、というある種のこころの病。『ライムライト』の言動はまさしくそれだ。


 当然ながら、塗り固められたウソは少しつつけば簡単にはがれ落ちてしまう。そのウソを繕うためにさらなるウソをつく。そうして塗り重ねる内にぼてぼてになったウソはすべて根底からひっくり返り、やがて自爆してしまう。


 久太に悪気があったわけではない。ただ、世間話をしようとしただけだった。しかし、悪意なく突き刺さる久太の質問が、『ライムライト』を追いつめた。


 ウソにウソを重ねた化けの皮がはがされていく。


 『ライムライト』は、とうとうシュークリームを食べながらぽろぽろと泣き出してしまった。真っ黒なアイラインがしずくとなって頬を滑り落ちる。


「……え? 俺、なんか気に障ること言ったか……?」


 追いつめた張本人である久太が察せないのも無理はない。これはかなりデリケートな問題なのだ。


 黒い涙を流しながらシュークリームを握りしめる『ライムライト』をなんとかフォローしようと、久太が言葉を重ねた。


「な、なあ、『ライムライト』……俺は別に……」


「久太、もうその辺にしといた方が……」


 ハルがどうにかとりなそうとした、そのときだった。

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