№15 『サミット』

 夜の22時の五分前。


 ハルは、かつて旧『ライムライト』が爆殺された現場であるカフェテラスに来ていた。


 ASSBの追手がかかっている今、あえてこんな場所に来たのには理由がある。


 新『ライムライト』が『モダンタイムス』に託された書状は、招待状だった。そこには、子供のお楽しみ会のような手書きの文言が派手派手しく記されており、『サミット』へお越しください、とこの場所と22時という時間をしていた。


 あからさまになにかある。あの『モダンタイムス』のすることだ、意図がないわけがない。


 しかし、ハルはあえてその意図に乗っかることにした。目立つ場所に目立つ相手と同席することになり、追手に見つかる危険性が高まるが、停滞した状態を打破するためにも、この一手はかなり重要だと踏んだのだ。


 良い方向に転がるのか、悪い方向に転がるのかはわからない。が、どっちつかずの現状よりは幾分かマシだろう。


 そういうわけで、ハルは指定されたカフェテラスにやって来たのだ。


 旧『ライムライト』のことを忘れたわけでもないのに、わざわざこの場所に呼び出すとは、相当に悪趣味だ。これはハルに対する警告も含まれているのだろう。


 夜とあって、『影』はすべて眠っている。ハルひとりで、とのことだったので、影子も連れてきていない。あの秋赤音も例外ではないはずだ。久太と新『ライムライト』も置いてきている。


 とはいえ、なにかあった時に逃げ出すだけの算段はあった。徒手空拳で敵の罠に踏み込むほど、ハルは向こう見ずではない。ハルひとり逃げるだけなら、いくらでも手はある。相手が『モダンタイムス』だろうと、ASSBだろうと。


 『影』が使えないのは向こうも同じだ。だとしたら、勝機は今しかない。『モダンタイムス』も身ひとつでやってくる。一対一で対峙できる機会を逃す手はない。


 ハルが着席してから10分が経過した。22時は回っている。まさか呼び出すだけ呼び出して来ない、ということは……


 心配になっていたそのとき、からん、と一本歯の下駄の音がした。ライトアップされたカフェテラスに向かって、ドハデな花魁衣装を羽織った椿の眼帯のやせ細った男がやって来る。


 敵の首魁、『モダンタイムス』は、いつも通り何を考えているのかつかみかねるひょうひょうとした態度で片手を上げてあいさつをした。


「やあやあ、塚本ハル君! 小生からのラブレターが届いたようだね! 今日はデートに応じてくれて感謝しきりだよああ小生すでにウレションしそうだよここで放尿してもいい!?」


 のっけからハイテンションな『モダンタイムス』。改めてサシで対峙するのは初めてのことだが、やはりインパクトがデカい。そのハデな見た目に惑わされがちだが、裏では精緻な話術で自由自在に場を支配する。この戦争がゲームだとしたら、盤上を支配しているのは間違いなく『モダンタイムス』そのひとだ。


「とりあえず、尿意はしまって席についてください」


 慎重に、巻き込まれないように、その場の空気に呑まれないように、ハルは努めて冷静にそう言って向かいの席をすすめた。


 花魁衣装を引きずりながら席に腰を下ろした『モダンタイムス』は、マイペースにメニュー表を広げて、


「あ・小生パフェ食べたーい! でもイチゴの生タルトも捨てがたいなあ。ナマだよナマ、男なら一度はそそられる響きだよねえ! けどそんなにたくさんは食べられないんだよなあ。小生、ノミほどの胃袋だからね!」


 ノミは言い過ぎだろう、とこころの中で突っ込んで、ハルはホットカフェオレを頼むことにした。


 『モダンタイムス』はあれこれ迷っていたが、結局最初に選んだイチゴのパフェに決めた。あたたかい飲み物もいっしょに頼む。


 店員が去った後、ハルは油断なく『モダンタイムス』とその周囲に視線を走らせる。案の定、秋赤音はついてきていない。完全なる一対一の会談だ。


 おそらくは、『モダンタイムス』とサシで話をする機会は、これが最初で最後になるだろう。この局面が盤上を大きく揺るがせる。こころしてかからねば。


 やがて注文の品がやって来て、大きなイチゴのパフェに『モダンタイムス』は大はしゃぎした。


「わあ! 下がコーンフレークになってるう! これ、最後に溶けたアイスでびしょびしょにふやけてるのがまた美味しいんだよねえ! そしてプリンが固い! 昔ながらのプリンだ! そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので! わかってるう!」


 細長いスプーンで山を崩しながら、『モダンタイムス』は当初の目的を忘れたようにイチゴのパフェにめろめろになった。この甘味好きなところ、『閣下』を思い出す。やはり、頭の良い人間というのは脳に栄養を与えるために甘いものを求めるのだろうか。


「あああああああああ、イチゴだあああああ! ものすごくイチゴ! イチゴの宝石箱やああああ!……っていうのは、もう古いねえ! ともかくイチゴだよう! そうそう、小生こういうパフェが食べたかったの!……一口いる?」


 スプーンでクリームをすくってハルの口元に近づける『モダンタイムス』。ハルは苦い顔をしながらイヤそうに顔を背け、


「……結構です」


「おやおや、じゃあもう分けてあげないよ? 小生ひとり占めしちゃうよ? あーあ、小生と間接ちゅーできる貴重な機会だったのに! もったいなーい!」


 気持ち悪いことを言って、『モダンタイムス』はがつがつとパフェを掘削する。


 まるで子供のようだ。これが『影の王国』を率いてASSBを翻弄し、ハルたちに散々煮え湯を飲ませてきた張本人だとはとても思えない。


 ハルはあたたかいカフェオレを一口飲みながら、どうやって話をしたものかと思案した。

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