№13 新『ライムライト』
ふたりはその夜、廃別荘で夜を明かした。
今のところ、追手が近くまで来ている気配はない。相変わらずパトカーのサイレンやヘリの音は聞こえてくるが、まだハルたちを捕捉しきれていないようだ。
夜が明け、『影』が起き始める朝の内から動き出す。この廃墟は当分は安全だろう。ひとまずはここに落ち着くことにする。
食料も確保しなければならないので、久太が買い出しに出かけた。『身内のお前らが動くよりは目立たねえだろ』とのことで、それにはハルも納得だった。
久太が近くの商店まで出向いて、影子と廃別荘でふたりきりになった。
朽ちかけた椅子に腰を下ろしたハルと、油断なく外を警戒している……ように見える、影子。
ふたりの間には沈黙という名のわだかまりがあった。
気まずい。
「……なあ」
影子がなにか言いたげにしているので、ハルが答えた。
「なに?」
「……なんでもねえよ」
こんな煮え切らない態度の影子は珍しい。ひたすらに気まずい。
そんな十数分間はまるで数時間のように感じられた。
口を開こうとして閉じる影子。
影子の方をできるだけ見ないようにするハル。
……目の前を、真っ黒な傘が横切った。
あまりにも唐突だったので反応するのが遅れたが、たしかにフリルとリボンで装飾された日傘だ。
くるくると傘を回しながら振り返ったのは、傘同様豪奢な黒をまとった黒髪ツインテールの少女だった。ヘッドドレスに地雷メイク。ゴシックロリィタ、というやつなのだろう、黒づくめのワンピースに、底の厚い靴を履いている割にはハルより背が低かった。
「ごきげんよう、塚本ハルさん、塚本影子さん」
はやりの合成音声のような甲高い声音であいさつをすると、ゴスロリ少女は傘を畳んでワンピースの裾を持ち上げて、膝を軽く折った。
「……てめえ、なにもんだ?」
遅ればせながら警戒態勢に入った影子が目を細めながら問いかけると、ゴスロリ少女はころころと笑い、
「なにものかと申されましても。わたくし、『影の王国』の『七人の喜劇王』の一席、新しく『ライムライト』の名を拝命いたしましたものですわ。以後、お見知りおきを」
新『ライムライト』。
その言葉を聞いた途端、影子は瞬時にハルを背後にかばい、影からチェインソウを引っ張り出した。
しまった。ASSBの追手ばかりに気を取られていて、『影の王国』からの刺客のことを忘れていた。『街の灯』である久太を奪われたのは向こうも同じなのだ。追跡者として『七人の喜劇王』を送り込んでくることは想定して然るべきだった。
失策を悔いるよりも先に、影子が『ライムライト』ににらみを利かせる。
「よくもまあ、このアタシの目の前に手ぶらで現れたもんだな。そのブスには不似合いなハデ服、今すぐアタシ好みの血の色に染めて……」
「あらあらあらあら!」
影子がチェインソウのエンジンをかける寸前、『ライムライト』は、すすす、と影子の前に歩み寄ってきていた。敵意はなく、まるっきり敵に対峙するテンションではない。
「かっこいいですわ、その武器!」
「は、はあ?」
さすがの影子も戸惑っている。『ライムライト』はさらに畳みかけてきた。
「それに、このゴシックな黒の装い! とってもお似合いでしてよ。あなたが塚本ハルさんの『影』なのね。『影』たるもの、やはり黒を着こなしてこそですわ! ステキ!」
真っ白い頬に血色を浮かべながら、まくしたてる『ライムライト』。
影子もチェインソウを下ろして、
「…………なんだ、こいつ?」
困ったような顔をしてチェインソウを影に沈めた。完全に白けてしまったようだ。もう戦闘の雰囲気ではない。
ステキステキと影子をほめそやす『ライムライト』に、交渉担当のハルが声をかけてみた。
「……ねえ、『ライムライト』」
「なにかしら?」
「君は『影の王国』側の人間だよね? 戦わなくていいの?」
至極もっともなことを言っているつもりが、このゴスロリ少女にはけむに巻かれる気がする。
「あらあら、誤解しないでくださいませ?」
『ライムライト』はぱっつん姫髪の前髪を気にしながら言った。
「わたくしは、あくまでお友達を作りに来ましたのよ。わたくし、深窓の令嬢の身、からだも弱くて学校にも行かせてもらえず、市井の物事からも遠ざけられて育てられましたので、お友達がいませんの」
「……は、はあ……」
「唯一のお友達の『モダンタイムス』」が行けとおっしゃったのでここへ来ましたが、新しいお友達ができるのならば話は別です」
いまひとつ話が見えてこないのだが、敵意はない。『ライムライト』は本気でハルたちと友達になりたいらしい。困ったことに、その思いが事態をさらに混迷に導いているのだが。
「あなたがたはきっと、高貴な華族であるわたくしにふさわしいお友達になるはず! ラブアンドピースですわ!」
『ライムライト』は腰に手を当て、横ピースを目元に当ててウインクをした。
謎ポーズを決めた『ライムライト』は、まさに典型的な『イタい子』だった。
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