№9 『臨時ニュースをお伝えします』

 いつものように影子とミシェーラの三人で学食で昼食をとっていた時のことだった。


 昼のニュースを映していた画質の荒い液晶テレビに、臨時速報の効果音と共にテロップが流れる。


 『ASSBが『影の王国』対策本部発足を発表』。


 画面の端のテロップにはそう書かれていた。


 突然飛び込んできた速報に、ニュースキャスターは慌てて渡された原稿を手に取り、アナウンスする。


『速報です。ASSB、対『ノラカゲ』支局が、本日付で『影の王国』対策本部の設置を発表し、『影の王国』の残党を掃討する政策を国会に提示したとのことです』


 五月の連休の騒ぎで電波ジャックが使われて以降、『影の王国』の存在自体は基本的には一般市民には伏せられてきた。すべてを内内で終わらせ、市民の耳目には入らないよう、逆柳をはじめとした対策本部は細心の注意を払ってきた。


 しかし今、ずっと影の存在だった『影の王国』とその対策本部が日の目を見ることとなった。


 その意味するところは、事態は次のフェーズに移った、ということである。


「……始まったネ」


「……みたいだね」


「……だな」


 三者三様につぶやく。


 同じ『影使い』であるミシェーラも悟ったのだろう、いつになく険しい表情でテレビを見詰めている。ハルもまた『影使い』だ、今後の動向次第では、将来などとは言っていられなくなる可能性もある。


 『影の王国』と対策本部の存在が世間の耳に入った以上、もう本気で『影の王国』を潰すと宣言しているようなものだ。画面越しに逆柳の意図が透けて見えるようだった。


『『影の王国』騒動からほぼ九か月間ほど、対策本部は水面下で動いてきました。市民のみなさまにとりましては、不透明な対策でご心配のことだったと存じます。誠に申し訳ありませんでした』


 記者会見では男が頭を下げており、フラッシュが一斉にまたたいた。顔を上げたその男は、雪杉なぞるそのひとだ。


『この度発足のお知らせをいたしましたのは、他でもありません。大規模な『影の王国』掃討作戦を決行いたします。これからは、市民のみなさまにも情報を大々的に開示していく所存です。もちろん、みなさまには被害が及ばぬよう尽力いたしますので、ご安心ください』


 雪杉はカメラ越しにいつもどおりひょうひょうとしゃべっている。逆柳はあくまでメディアには露出せず、雪杉をスポークスマンとして使うつもりらしい。


 今後は市民にも『影の王国』と対策本部の動向が知らされる。世間にはいろいろなひとがいるのだ、毀誉褒貶、賛否両論の場面も多々あるだろう。対策本部の身動きがとりづらくなるのは必至だった。


 それでもなお、この会見に踏み切ったのは、逆柳の宣戦布告のためだ。


『我々は、必ず市民のみなさまの安全を守ります。どうか、我々を信頼してください。なにとぞ、よろしくお願いいたします』


 深々と頭を下げる雪杉に、またしてもカメラのシャッター音が集まった。


 時を同じくして、ハルの携帯が鳴る。着信だ。


「……はい」


 相手はわかっているので、手短に済ませようと思った。


『見ての通りだよ』


 逆柳は電話越しに、開口一番少し疲れた声でそう言った。


『察してはいるだろうが、これは『影の王国』の残党をおびき出す撒き餌だ。『対策本部』派とようやくコンタクトが取れたので、急遽強引に会見に踏み切った。きっと反『対策本部』派はおおわらわだ』


 疲れていてもなお、逆柳の言葉にはちからがあった。ロジックで駒を操る『閣下』らしく、ふん、と鼻で笑っている。


『まんまと隙を突いてやったぞ。我ながら最高のタイミングだ。攻勢に出るには今しかない。これは、『影の王国』とASSBとの全面戦争だ。総力を挙げての戦争だ。当然ながら、君たちにも参加してもらうよ。塚本影子君、ミシェーラ・キッドソン君、ザザ君も同様だ』


「わかってます」


『本当かね? たとえ、長良瀬久太君がたちはだかったとしても?』


「…………」


『すぐに返事をしないというのは、そういうことだと受け止めていいのかね? ともかく、長良瀬久太君が出てきても、手ごころを加えてはならない。敵だよ』


「……はい」


『敵はおそらく今日中にでもASSB本部と君たちを急襲するだろう。ASSB側につく『影使い』として、君たちは格好のマトだ。『猟犬部隊』の手札は本部への襲撃に備えて伏せておく。掩護はないと思ってくれたまえ』


「……はい」


『あの『モダンタイムス』が出てくるかは賭けだが……』


 『影の王国』、『七人の喜劇王』の首魁たる『モダンタイムス』。その男と、その最強の『影』である秋赤音が出てきたら、『猟犬部隊』だろうとハルたちの側だろうと全滅しかねない。どちらかは逆に潰される。


 今はただ、出てこないことを祈ることしかできないか……


 それにしても、ずいぶんと急な話だ。先日久太のことについて話したばかりだというのに、今日になって記者会見まで開いて。


 『対策本部』派という細くきらめく地獄の蜘蛛の糸をつかんで、らしくもなく『閣下』は焦っているのかもしれない。


『敵は市民を巻き込むような攻撃は仕掛けてこないだろう。その存在が世に出た以上、どうしても世論と言うものがあるからね。ゆえに、本日学校を出た瞬間からが作戦開始だ。時間を合わせてザザ君を送る。健闘を祈るよ』


 それだけ言って、逆柳は通話を切ってしまった。いつもの通り一方通行な男だ。


「……だってさ」


 通話の内容を聞いていたらしい他の二人に向けて肩をすくめる。


「とうとうあの御大が動くか。まあ、ノってやろうじゃねえか」


「ワタシも協力するヨ!」


 ふたりとも、やる気は満々らしい。


 しかし、ハルはどうしても心中複雑だった。


 今日の放課後、おそらくは久太が目の前に現れるだろう。


 そのとき、自分はどうすればいい?


 また友達を傷つけて、向こう側に行かせてしまうのか?


 そうならないために言葉を尽くせるか?


 逆柳は潰せと言うが、おそらくハルにはそれができないだろう。かといって、潰されていく久太を黙って見ていることもできない。


 自分の役割は? するべきことは?


 その問題に直面して、ハルは黙ってうつむいた。

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