№4 反『対策本部』派

 ……さて。


『閣下』との密会は、なにも甘いだけの時間ではない。


 密会につきものなのは、密談だ。


「それで、今日はなんのお話ですか?」


 どんな密談を持ってきたのやら、とハルが尋ねると、逆柳はわざとゆっくりとした動作でプレッツェルをチョコに浸して、


「そう結論を急くものではないよ。ところで、君はあまり食が進んでいないようだが?」


 そう指摘されて、ハルはここへ来てからほとんどチョコを食べていないことに気付いた。


「いや、なんか……見てるだけで胸焼けしちゃって……」


「おおよそ男子高校生の胃袋とは思えない貧弱さだ。君はもっと体重をつけるべきだよ。平均体重に届いている体格にはとても見えない」


 『閣下』にしては珍しく、なかなか本題に入りたがらない。合理的な単刀直入を好むこの男だが、今回は何かあるな、とハルは感づいた。


「そうだ、雪杉さんはどうしてますか?」


 話題を変えよう。かつて敵対していたが、年末には逆柳の懐刀として帰ってきた男のことについて尋ねる。


 逆柳は合間にホットチョコレートを飲みながら、


「先日、『影の王国』対策本部副部長に任命したよ。対策本部、というか、まだ関東地方に慣れていないが、よくやってくれている」


 順当な流れだ。かつての同期であり、逆柳が唯一敵対するに値すると認めた男、『閣下』の右腕としてこれ以上の逸材はない。


 そういえば、と前置きして、逆柳が付け加えた。


「一度、月島のもんじゃに連れて行ってみたら、『こんな吐瀉物みたいなもん、よう食べはるなあ』と言っていたよ。もちろん、そのあとはおかわりまでして次々と平らげていたがね」


 返ってきた近況は、なんとも微笑ましいものだった。逆柳とは違った意味で一筋縄ではいかない雪杉なぞるらしいエピソードだ。


 ハルはくすくすと笑い、


「あのひとらしいですね」


「まあ、経費で落とした食事代以上の働きはしてくれるがね……たとえば、例のASSB内部の『敵』について」


 急に核心に切り込まれて、どきっとしてしまう。見事に逆柳の会話術に翻弄されてしまっていた。おそらくは、ここからが本日の本題なのだろう。


 ホットチョコレートを飲みながら、逆柳は続けた。


「雪杉が裏で暗躍した結果、判明した事実がある。対策本部という流れをせき止めているのは、個人ではない」


 それは逆柳も予想していたことだろう。個人のちからで逆柳という男と敵対するには、傑出した能力が必要となる。そんな人物が目立たないはずがない。その部分は特に強調することもなく、話は続く。


「上層部で反『対策本部』派というものが出来上がっているらしい。『対策本部』派と並んで、ASSBを二分する巨大な勢力だ」


 どうやら、今のASSBの情勢にとって、逆柳率いる対策本部は良くも悪くも目立ちすぎるようだ。都合の悪いものにとってはわかりやすい敵となり、都合の良いものにとってもわかりやすい味方となる。


 これは、最前線で『影の王国』と対峙する対策本部の特性上仕方のないことだったが、ハルからしてみれば、逆柳はむしろより目立とうとしているような気がする。目立って、敵と味方を明確にあぶり出そうとしているのだ。


「君が以前倒した『独裁者』の件で、私が介入できなかったのはそのせいだ。別件の特命を帯びて任務に当たっていた最中だった。その逆らえない特命を使って私を阻んでいたのが、ASSB上層部の反『対策本部』派だ」


 チョコの泉からスプーンでひとすくい、ホットチョコレートをさらに甘くして、大げさに肩をすくめて見せる逆柳。


 反『対策本部』派……対策本部長に直々に特命を下せるほどの地位にあるものが、そういう派閥を成しているのだ。これは相当に堅牢なスクラムを組んでいるに違いない。


 その頑固な派閥を崩すには……


「その『対策本部』派と、どうにかしてコンタクトは取れないんですか?」


 ハルが考えていることくらい、逆柳も考えただろう。案の定逆柳はうなずき、


「今、雪杉が接触しようとあちこち走り回っている。だが、今のASSBで『対策本部』派を標榜するのはひどく危険なことなのだよ。ゆえに、なかなか姿を現してくれない。うまく手を取り合えば、組織から『敵』を排除し遺恨なく『影の王国』と渡り合えるのだが」


 逆柳としては、『対策本部』派と手を組んで、反『対策本部』派を一掃したいと考えているらしい。しかし、どちらにつくかを明らかにするのは、今のASSBでの立場を危うくしかねない。そういった絶妙なパワーバランスの上に、現状が出来上がっているのだ。


 どっちつかずの旗色を掲げるばかりの日和見主義者たちのおかげで、逆柳も苦労している。


 甘い飲み物で喉を潤し、逆柳はため息をひとつついた。


「お偉方のご機嫌伺いで、わたしも日々疲れているのだよ」


「……お疲れ様です」


「こうして甘味を摂取することと、ニチアサを視聴することがほぼ唯一のストレス発散方法でね。付き合わせて悪いが、食事代くらいは持つ」


「僕なんかでよければいくらでも」


「そうかね、ありがたい話だ。今後ともよろしく頼むよ、塚本ハル君」


 改めて共同路線を強調し、逆柳は口端を吊り上げて笑った。


 まあ、『駒として』だろうけど。ハルはそう口にはせずに、胸中に含んだままこくりとうなずいた。


「こちらこそ」

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