№2 謎のお弁当
お昼はハル、影子、ミシェーラのいつもの三人で学食で昼食となった。
ハルはカレー、影子は大好物のきつねうどん、ミシェーラは大盛りオムライスだ。ここの学食はどれもハズレがない。
普通に並んで食事を受け取って席に着くなり、影子が食べる分とは別にタッパーのようなものを取り出した。
「じゃじゃーん! 今日はお弁当作ってきましたー♡」
「えー、すごい! カゲコ女子だネ!」
ミシェーラが褒め称えるが、ハルはイヤな予感しかしない。冷や汗がだらだら背中を伝う。
「……君、料理とかできたっけ……?」
おそるおそる尋ねると、影子はぶりんぶりんにかわい子ぶった笑顔で、
「アンタのためならアタシはなんでもできんだよ♡」
断言した。もうオチが見え始めている。
「さ、召し上がれ♡」
ぱかり、と開いたタッパーの中には、闇がうごめいていた。
いや、闇というより影か。
どちらにせよ、真っ黒な『なにか』がぎちぎちとひしめいている。
「…………えっ…………?」
冷や汗が止まらなくなる。ついつい指さし確認をしてぎこちなく首をかしげると、影子は満面の笑みで、
「お弁当♡」
「……そんな予感はしてたよ……」
一旦落ち着こうと、ハルはため息をついた。
なんだこの悪意しかない弁当は。弁当と言っていいのかも疑問だ。が、便宜上『弁当』と呼んでおこう。
まず、素材は何なのか。十中八九、影子の『影』だろうが、それは口に入れていいものなのだろうか。下痢嘔吐などは心配しなくていいかもしれないが、ひととしてどうなのか。
ぐるぐると思考するハルをよそに、影子は箸で弁当の中身をつまみ上げた。ぎぢぢぢぢぢ、とうごめくそれは、タランチュラのようなシルエットをしていた。
「はい、あーん♡」
「ちょっと待ってちょっと待って!? それ食べられるものなの!? 食べていいものなの!?!?」
「いいから食え! アタシの弁当が食えねえってのか!」
「いやー! 弁当ハラスメント!!」
ぶりっ子をやめてハルの口をこじ開けて弁当を突っ込もうとしている影子に、ハルが悲鳴を上げる。
その言葉を聞いたミシェーラが、はっとした顔をしてつぶやいた。
「……ハラスメント……!?」
ミシェーラ警察が反応した。どこからか取り出したホイッスルをぴぴー!と吹いて、ミシェーラは影子を指さす。
「そこ! 親友として、ハルに対するあらゆるハラスメント行為は許さないヨ!」
「ちぇっ、わあったよ」
ミシェーラの強硬姿勢に、影子はようやく弁当を食べさせることをあきらめてくれた。タッパーをゴミのように自分の影に投げ入れ、すべてをなかったことにする。
「さあ、茶番は終わりだ! きっつねうどーん♡」
手を合わせてきつねうどんをすすり、ご満悦の影子。
「……助かった……」
心底から安堵の吐息をついて、ハルがひとりごちた。
「んんー♡ やっぱこれだよな♡ ん、あとでお汁粉な!」
「……はいはい……」
すっかりきつねうどんに夢中の影子に、適当な返事をしてカレーを食べ始めるハル。同じく大盛りオムレツを豪快に食べるミシェーラが、小さく笑いかけた。
「ハルも苦労するネー」
「まったくだよ……」
「……ワタシにしとけばよかったのに……」
「……えっ?」
ふとしたミシェーラの言葉に、ハルのスプーンが止まる。
ミシェーラはすぐにとりなすようにHAHAHAと笑って、
「なあんちゃって! 冗談ヨー! さあ、どんどんかっこんで、午後の授業はぐーすか寝るヨ!」
オムライスを口いっぱいに頬張り始めた。
なんだか腑に落ちないところがあるが、深く突っ込んではいけない気がしたので黙ってカレーを食べる。
一方、ミシェーラは影子にアイコンタクトで『ごめんネ』とウインクをした。影子は思いっきりそっぽを向く。正妻の立場もフクザツなのだ。
そうしていつも通りに騒々しいランチタイムを過ごしていると、やはり声をかけられた。
「お、塚本!」
食器を返しに行くところの倫城先輩が、さわやかな笑みを浮かべて歩み寄って来る。そして、ハルの肩を抱くとふっと耳元に息を吹き込んだ。
「最近、俺のことオカズにしてくれてるか?」
「ぶほっ!!」
急な下ネタに対応しきれず、ハルは残り少なくなっていたカレーを吹き出した。
「残念だったな、駄犬! 昨日のこいつのオカズは……アタシだ!!」
ハルの代わりに不敵に笑って宣言する影子。公共の場でそんなセリフで『どん!!』しないでほしい。
「じゃ、今日は俺のターンだよな、塚本?」
「バーカ、今日も明日も明後日もその次も、未来永劫こいつのオカズはアタシだけなんだよ!」
まあ、そうなのだが……そうなのだが、おおやけの場で高らかに言われると、ハルも居心地が悪くなる。
「ちぇ、妬けるなー。塚本、気が向いたら俺のブーメランパンツ画像で抜いていいからな」
「るっせーとっとと去れ!」
「はいはい」
影子にせかされ、先輩はさわやかに苦笑しながら行ってしまった。
クリスマスの日はミシェーラ、一ノ瀬と協力してハルと影子をくっつけた先輩だったが、だからといってまだあきらめたわけではないようだ。ミシェーラもそうだった。
後悔はない。が、一抹のさみしさはある。
ハルがしあわせならばそれでいいのだが、できることなら自分の手でしあわせにしたかった。
そんな淡い思いが、ミシェーラと倫城先輩の中にくすぶっていた。
当のハルはまったく何もわかっていないようだが。
カレーを食べ終え、影子とミシェーラといっしょに食器を返しに行き、帰りにお汁粉をおごらされて教室へ戻る。自主便所飯を終えた一ノ瀬を影子が邪険に扱い、午後の授業が始まった。
以前とはほんの少しだけ変わった非日常的日常が、今日もこうして過ぎていく。
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