ノラカゲ!6th season ~Sadistic Stray Shadow Servant, She Said So...~
№1 逆襲のおはよう
「おっはよー、ダーリン♡」
もはや恒例になってしまった影子のモーニングコールで、今日も朝が始まる。
影子は寝起きのハルのからだにまたがり、腕を組んで挑発的なまなざしでハルを見下ろしながらにやにやしている。
恋人同士になってからも毎朝こうして起こしてくるのだ。本当に勘弁してほしい。
さらには……
「さあて、今日はどうかなーっと」
寝ぼけまなこのハルの股間を、影子が手探った。朝ということで元気な股間を探り当てると満足げな顔をして、
「おお、今日も元気いっぱ……ひうっ!?」
しかし、今朝はいつもとは違った。自己主張を握りしめたままの影子を、ハルがぎゅっと抱きしめたのだ。突然の予期せぬ行動に、影子は動揺した。
「……元気でしょ……」
寝起き特有の甘くかすれた声で、ハルは影子の耳にそっと息を吹き込む。
「……昨日も君で抜いたんだ……すごく濃いのが勢いよく出てきたよ……どういう妄想したのか教えてあげようか……それをどう思う……?」
まだまどろみの淵にあるハルは、寝言のようにささやいた。
そんな言葉に、見る間に影子が真っ赤になる。突き放すようにハルから離れると、影子は怒鳴り散らすように悪罵を投げかけた。
「ここここここここここのド変態が!! いちいち報告してくんな!! そして感想を求めんな!! バーカバーカ!!」
そしてそのままハルの影の中にもぐってしまう。
影子はハルの『影』である。このように神出鬼没の退場も余裕だった。
その割には余裕のないカットアウトではあったが。
しばらくの間、ハルはぼうっとしたまなざしで影子を抱きしめていた手をにぎにぎしながら眺めていた。徐々に脳が再起動していく。
完全に通常運転に戻ったハルは、額に手をやってうつむいた。
「…………やってしまった…………」
自分のしたことを自覚して、真っ赤になる。穴があったら入りたい。穴なんて贅沢は言わないので、もう一度布団の中に潜り込みたい。
なんてことをしてしまったんだ……これじゃまるで、というか、まんまセクハラじゃないか……
羞恥心と自己嫌悪でいっぱいになりながら、なんだか泣きたくなった。
影子のモーニングコールは、恋人になってからも変わらない。
変わったのはハルだ。
影子と恋仲になって何週間か経つが、いつもこんな感じだ。
押せ押せでアピってくるクセに、押されると途端に引っ込む。両片思いだった頃はハルから押すことはなかったので気付かなかったが、どうやら影子は意外と押しに弱いらしい。それもそうだ、影子相手に押す相手など今までいなかっただろう。
……ああ、ひとりいたな。と、イヤな思い出がよみがえりかけて思考を中断する。
代わりに、まるで砂漠の蜃気楼のようにハルを翻弄する影子に向けて、ため息をひとつ。たどり着いたと思ったら消えてしまう。
「……ガッコいこ……」
もそり、とベッドから起き上がったハルは、年貢の納め時とばかりに制服に着替え始めた。こうなってしまっては仕方がない。登校中に挽回しよう。
着替え終わったハルは持ち物を確認して、自室を後にするのだった。
先刻のことがあって、登校中の影子は不機嫌そうにそっぽを向いていた。影から出てきてくれただけマシだが、どうにも扱いづらい。
まだ冷えている朝の空気に、赤いマフラーがひるがえる。クリスマスにハルが贈ったものだ。それを着けているということは、かろうじて愛想はつかされていないらしい。
一定の距離を置いて、むすっとしている影子を前に、ハルはどうにか汚名を返上しようと思案した。
「……ねえ、影子」
「んだよ、変態」
呼びかけただけで罵られた。これは相当ご機嫌斜めの様子だ。
それでもひるまず、ハルは続けた。
「……手、つないでみない?」
これは賭けだ。意外と押しに弱い影子の特性を利用した作戦だ。
案の定、影子は拒絶しなかった。
「……いいけど……」
すすす、と身を寄せて、影子はそっぽを向いたまま右手を差し出してきた。
「じゃあ、失礼して」
その手を握り、指を絡める。いわゆる恋人つなぎというやつだ。気恥ずかしいが、ハルはこうしたかった。
改めてつないだ影子の手は、あたたかくてしっとりとしていた。
いや、これは、しっとりとしているというか……
「……手汗すごいね?」
「うっせ!! 指摘すんな!! 気になるなら離すからな!?」
「ああ、ごめんごめん!!」
藪蛇のツッコミにさらに機嫌を悪くされては困る。謝り倒して、ハルは影子の手を握った。
それにしても、案外小さい手だ。ハルよりも小さい。この手でチェインソウをぶん回していると思うと、なんだか急に心配になる。節の目立たない、白い手。女子の手、という感じだった。
ふたりはしばらくの間、無言で手を繋いで歩いていた。
「……影子、右手と右足がいっしょに出てる」
「だーかーらー!! いちいち指摘すんなよ、野暮な男だな!!」
野暮、と来たもんだ。それは自分が緊張していることを認めているようなものだ。
たしかにハルも緊張はしていたが、影子ほどではない。女子と手を繋いだことなど幼稚園以来の出来事だったが、目の前に『照れてます!!』とゴシック体で書いてあるような影子を見ると、逆に冷静になれてしまうのだ。
そう考えると、なんとも愛らしい存在だった。
くすっと上機嫌に笑うハルに、頬の赤みを引きずる影子の頭の周りに疑問符が浮かんで見える。そこ笑うところか?と言いたげだ。
それでもハルは手を離さなかった。
影子もまた、手を離さなかった。
強く手を握ると、握り返してくる。それがうれしくて、何度も手を握った。
やがて校門の近くになり、登校中の生徒がちらほらと合流してくる。
「ハルー! カゲコー! オハヨー!」
ミシェーラは今日も元気だ。手を振りながら駆け寄って来る。
「ちっ、朝っぱらからうっせーんだよ、アメリカ産ケツデカチチウシ!」
友達の姿を見つけると、影子の手はハルの手からするりと抜け出してしまった。どうやらつないだままではいけないらしい。
まだみんなの前では面映ゆいのか?
みんな知っているんだから、なにも気にしなくていいのに。
少しさみしい気持ちになって、ハルはつないでいた手をにぎにぎと握った。
「どうした、塚本。浮かない顔して」
「先輩、おはようございます」
背後から肩を抱く倫城先輩にも慣れたものだ。影子と恋人になってからも、どうやらまだハルのケツを狙っているらしい。
「さては、塚本影子のことでなにかあったな?」
「まあ、そんなところです」
「ふうん」
「影子様ー♡ おはようございまぶべらっ!!」
「おら、メス豚、これで目ぇ覚めたか?」
「はひ♡ かげこひゃまぶひひひひ♡」
出会い頭に影子に鼻フックを仕掛けられたのは、クラスメイトの一ノ瀬だ。かつてハルをいじめていたギャルグループのリーダーだということは、もう誰も覚えていない。
こうして、いつも通り騒々しい登校途中のハルグループを見て、周りの生徒たちは思うのだった。
やっぱり、塚本ハルの周りは派手だ、と。
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