№19 クリスマスパーティー

「ああん♡ 影子様、鼻にクリームがついてしまいました! ぜひとも舐め取って……」


「てめえ、鼻フック好きだったよな? 鼻の内側までクリーム塗り込んでやっから、呼吸でケーキを味わえ」


「ふぎいいいいいいい♡」


「塚本」


「なんですか先輩、真面目な顔して」


「入院生活で溜まってるだろ。そっち方面は俺が看護してやるから」


「ぶはっ!?!? なに言い出すんですか!?」


「それとも、個室だからひとりでも抜けるのか? オカズは俺だよな? 塚本影子じゃないよな?」


「ピピー!! そこ! ハルに対するセクシャルハラスメント行為は許さないヨ! ワタシ親友を守るカラ!!」


 わいのわいの、騒ぐ内容はいつも通りだったが、病床のハルを囲んでケーキやチキンを食べていると、クリスマスの実感がわいてくる。面会時間はとうに過ぎているが、今日くらいは大目に見てもらえるのだろう。


 影子の回復率は三割程度だった。影から出てきても問題はないが、まだまったく本調子ではない。なにせ全身ズタボロで『総攻撃』を放ったのだ、たかが一週間程度で回復するようなムシのいい話はない。


 しかし、あの変態だけは許さない。


 影子がなびかない理由はハルだと勝手に勘違いをして、大切なひとを傷つけた。下手をすると失っていたかもしれない。そう思うと、手が震えるほどの怒りを覚える。


 あの男は、やいばを向ける相手を間違えた。


 よりにもよって、最悪の間違いを犯した。


 このツケは必ず払ってもらう。


 影子の中の憤りは決して消えたわけではないが、ほかならぬハルが望んだのだ、今は忘れたフリをして、クリスマスパーティーを楽しもう。


 一ノ瀬の鼻の穴にチキンの骨を突っ込んでいた影子は、ふとハルを見やる。


 顔色は良くないが、ちゃんと笑っている。


 それだけがせめてもの救いだった。


 一瞬だけ目が合って、ばっと顔を逸らす。今視線を合わせたら、こちらの考えが透けて見えるだろうから。


 ……いや、もともとすけすけなのだが。


 視線と言えば、なにやらミシェーラと倫城先輩もアイコンタクトを交わしている。これはなにかロクでもないことを企んでいるな……と影子はげんなりとため息をこぼした。


「はいはーい! ここでお待ちかねのプレゼント交換タイム!」


 と、ミシェーラがくじ引きを取り出した。紙に数字を書いただけの簡単なくじだ。それを握りしめながら、


「今からくじを引いて、当たった番号のプレゼントがもらえるヨ! 誰のプレゼントがもらえるかはお楽しみ♪」


 またしても、ミシェーラが先輩と目を合わせてにやりと笑う。ここで仕掛けてくるつもりか。


「まずはハルから!」


「えっ、僕?」


「いいからいいから」


 先輩にせかされて、ハルはミシェーラの手の中にあったくじを一本引く。


「エート、3番ネ……3番はカゲコのプレゼントヨ! オメデト!」


 ぱちぱち、手を叩くミシェーラ。


 おそらくは、何らかのペテンが働いたのだろう。が、どういう風の吹き回しだ……?


 少し警戒しながら、影子はハルに用意しておいたプレゼントの小箱を渡す。


 ハルが開けた小箱の中には、大ぶりな黒いカラスの羽のブローチが収まっていた。羽の付け根から先端まで、石のようなものをていねいに削って作られたものだ。磨き上げられた表面が光を反射して、ときおりきらきらと輝いている。


「これ、影子が作ったの?」


 ブローチを手に取って目を見張るハルに問われて、影子は、


「ん……そだけど?」


 何気ない風を装って答えた。


「すごい! ありがとう!」


 次の瞬間、一億ワットくらいの満面の笑みでお礼を言われて、影子は思わずその場に崩れ落ちそうになった。


 あああああああああああああああやっぱ好きだあああああああああああ!!


 こころの中だけで全力で叫び、この笑顔のために苦労してこさえたかいがあったと思うのだ。


 平静を装って、よかったな、などとそっけない態度だが、影子は内心で好きすぎて身もだえていた。


「ハル、よかったネ! じゃあ今度はカゲコの番!」


 どうも乗せられている気がするのだが、ここまできたらとことん踊ってやろうじゃないか。特にペテンを暴くようなマネはせず、影子はおとなしくミシェーラのくじを引いた。


「4番! エエト、4番は……おっと偶然! ハルのだヨ!」


 ものすごくわざとらしい。これも計画とやらの一環なのだろうか。


 じとっとミシェーラと倫城先輩に視線をやった影子に、ハルはおずおずと小さな包みを差し出した。


「こんなことになる前に買っといてよかったよ……つまらないものですが」


「マジにつまんねえもんだったらハードオフ持ってくからな」


 ハルからの贈り物にそんなことできるはずもなく、ただいつも通りを装ってそう言って、影子は紙の包みをびりびりと破いて開いた。


 中に入っていたのは、真っ赤なマフラーだった。模様などはなく、とにかく赤い。隅っこに青い鳥の刺繍が小さく入っているだけだ。


 ぱちぱちとまばたきを繰り返し、影子はマフラーを裏にしたり表にしたりと眺めまわした。


「誰に当たっても大丈夫なもの、って考えたんだけど、どうしても君のこと考えちゃってさ。君、冬でもその格好だろ? 寒そうだな、って思ってたんだ。ほら、巻いてみてよ」


「お、おう……」


 言われるがままに、影子は赤いマフラーを首に巻いた。


 モノクロームだった影子の姿に色がともる。黒に一点の赤はよく映える差し色になって、瞳の色と相まってとても似あっていた。


 それを見たハルは満足げに笑い、


「うん、やっぱりすごく似合ってる」


「……ん、そっか」


 必死に押し殺そうとしたが、どうしてもくちびるに笑みが浮かぶ。目を細め、あたたかそうにマフラーに首をうずめた。


「このマフラー、ずっと巻いてるからな。春でも夏でも秋でも冬でも、四六時中」


「そこまでしなくていいよ」


「いいや、そういたいんだよ」


「じゃあ、そうして」


「ん」


 親しんだ者同士の短い言葉での会話を終えて、影子は大事そうにぎゅっとマフラーを握りしめた。

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