№18 病室のクリスマスイブ
結果として、塚本ハルは一命をとりとめた。
さいわいにも通行人が救急車を呼んでくれたらしい。かなり出血していて一時は意識もなかったが、ざぶざぶと輸血されたおかげで脳にダメージはない。主だった内臓も傷ついておらず、まさに不幸中の幸い、だった。
意識を回復したハルは警察の事情聴取を受けた後、一般病棟の個室に移った。
『独裁者』のことは、警察には黙っておいた。これは自分たちがケリをつける問題だ。今更警察のお世話になるつもりはない。
母親から荷物を受け取って少し話をして、気付けばそろそろ面会時間が終わるころだった。
明日も来ると言う母親と別れ、ひとりになるハル。
お仕着せの入院着の下にある縫合痕の辺りに指を這わせた。今でも鮮烈に覚えている。ここを刺されて、切られたのだ。今後の人生、あれ以上の痛みに遭遇するのはごめん被りたい。
『独裁者』は言っていた。
『おまえさえいなければ』、と。
今や、『独裁者』の敵意は完全にハルに向けられていた。こんな凶行にまで及ぶ辺り、もうなりふり構っていられない様子だ。すぐにでも影子が欲しいのだろう。ひとを殺してでも欲しいものは手に入れる、なるほど『独裁者』だ。
しかし、ハルを殺したところで影子は手に入らない。そもそも、『イデア』に対する『実存』であるハルが死んだら、影子がどうなるのかはわからなかった。
いっしょに消えてしまうのだろうか?
今なら、それでもいいとさえ思えてしまう。
……そういえば、今日はクリスマスイブだった。
結局、パーティーはできなかったな、と肩を落とす。ひそかに楽しみにしていたのだが、やはり影子抜きでやろうとしたバチが当たった。が、なにも病室でクリスマスイブを過ごすハメになるとは思わなかった。
窓の外はちらほらと街の明かりが見え始め、各ご家庭で飾り付けられた電飾が幻想のようにきらめいている。
それを遠くに見やりながら、ハルは浮かないため息をついた。
こん、こん。
病室の扉をノックする音が聞こえてくる。看護師さんだろうか、点滴はまだ残っているというのに。
「はあい」
手すりにつかまって歩き、個室のドアを開けると、そこには。
『メリークリスマス!!』
いつものメンバーが一斉に声を上げる。ミシェーラも、倫城先輩も、一ノ瀬も、みんなサンタの格好をしていた。いかにも『クリスマスパーティーをしますよ』、といった装いだ。
「み、みんな……なんで……!?」
戸惑うハルに、白いひげをつけたミシェーラが笑いかける。
「ふぉっふぉっふぉ! お見舞いがてら、ネ! せっかくだからここでパーティーしちゃおって」
「個室とはいえ病院だよ!?」
「ま、固いこと気にすんな」
「先輩まで!?」
「がたがた言わずに部屋入れなよ! ったく、クリスマスイブに入院とか、あんたの人生コントかなんか?」
「一ノ瀬……」
わいわいがやがやと、ハルの言葉も聞かずに個室に入っていく。こうなってはもう手が付けられないと、ハルは黙ってパーティーの開催を受け入れることにした。
ベッドに戻ったハルに、一ノ瀬がホールケーキを突き付けてくる。
「これ! あーあ、影子様と食べるつもりだったのに!」
「……影子は、その……」
「あー、いい。言わなくて」
「塚本ー、これ食えるか? はい、あーんして」
コンビニで調達したらしい骨付きチキンをハルの口元に近づけて食べさせようとする先輩から、そのチキンを素早く引き抜き、
「自分で食べられます! 一応、内臓に傷はついてないので」
「そか。ならよかった」
「ハイ、紙コップあるヨ! シャンメリー開けよ!」
ミシェーラがてきぱきとコップにジュースを注いで回る。空のコップをひとつ枕元に置いて、全員の手にシャンメリーが行き渡った。
「いい? それじゃあ……」
「……おいおい、アタシを置いておっぱじめてんじゃねえぞ」
ベッドの下にあったハルの影から、にゅ、と黒い人影が伸びてくる。
いつもの三つ編み、いつものメガネ、しかしいつもと違ってミニスカサンタだ。ただし、赤ではなく黒のブラックサンタだった。担いでいる袋も黒い。たしか、ドイツかどこかの民話に出てきたと思う、悪い子を懲らしめるサンタだ。
にい、と笑った影子は、まだ本調子ではなさそうだが、ひとの形を保てるだけのちからは回復したようだった。
「カゲコ!」
「ん、なんとか間に合った! ってか、間に合わせた!」
「ははっ、おせえぞ、塚本影子」
「るっせ、駄犬。主役は遅れて登場するもんだろ!」
「……か、か、か……」
「んん? どうしたメス豚? 今日はずいぶんと人間らしい格好じゃねえか」
「影子様あああああああああ♡」
感極まった一ノ瀬が影子に飛びついた。華麗に回避して、一ノ瀬は床に転がる。
「お待ちしておりました♡ 影子様とクリスマスをお祝いできてしあわせです♡」
「豚にクリスマスもクソもあるか。けどまあ、ホーリーナイトに豚足ってワケにもいかねえしな。今夜はチキンレッグで我慢してやらあ」
「ほら、ちゃんと人数分あるぞ、塚本影子」
「くせえんだよ犬っころが」
罵声と共にチキンを奪い去る影子を、先輩はさわやかに笑ってスルーした。
影子の復活に大賑わいの病室で、ふとハルは影子がすぐそばにいることに気付く。
こちらからなにか言う前に、影子から確認のような問いかけが降ってきた。
「……やったのは、あいつだな?」
「……うん、『独裁者』だった。間違いない」
ハルが答えると、影子は赤い瞳をゆらりとたぎらせ、奥歯を噛みしめる。
「ぜってえ、許さねえ」
まるで我がことのように眉根を寄せる影子を、ハルはひとまずクールダウンさせることにした。
「今はそういうテンションじゃないだろ。せっかくのクリスマスパーティーだ、今だけ忘れよう」
「……ん、わあったよ。アンタがそう言うなら」
炎の揺らめきを収めた影子は、す、とハルから離れていった。
「はい、カゲコ!」
「ん、苦しゅうない」
ミシェーラからジュースの入った紙コップを受け取り、これでようやくメンツがそろった。
誰からともなく、自然と影子に視線が集まる。
影子はにんまりといたずらを企む子供のように笑い、
「んじゃ、ここらで一発。メリークリスマス!」
『メリークリスマス!』
それぞれの杯を掲げ、ひとときの宴が始まるのだった。
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