№14 『アイアンメイデン』
一方、影子の帰りを密かに待っていたハルは、精神状態はともかく肉体的には無事な影子を見てほっと息をついた。
「妙に遅いから何ごとかと思ったよ……どうしたの、そんな顔して。なにかあった?」
「るっせ! アンタには関係ねえだろ!!」
「そんな言い方……!」
いら立ちをハルにぶつけてしまった影子に、つい反応してしまうハル。
また口論が始まろうとしていた時、車から、ゆらりと幽鬼のような顔をした『独裁者』が出てきた。
まだなにかぶつぶつ言っている。
言い争いを中断したふたりは、『独裁者』の言葉に耳を澄ました。
「……そうだ、お前のせいだ……影子様が僕のものにならないのは、お前のせいだ……」
鈍い刃物の切っ先のような悪意が、ハルに向けられている。『独裁者』はハルを指さして高らかに叫んだ。
「お前のせいだ!!」
その瞬間、ず、と『独裁者』の影から黒い何かが伸びてきた。中世ヨーロッパ的な顔が掘られた、両開きの棺桶のようなもの。歴史の教科書か何かで見たことがある処刑道具、『鉄の処女』……アイアンメイデンだ。
漆黒のアイアンメイデンは『独裁者』の影からそびえたち、ばたん!と胸を開いた。その内部には極悪な黒い杭がずらりと並んでいる。
「ヤル気か!?」
影子はとっさに自分の影から黒いチェインソウを引っ張り出すと、エンジンをかけた。どるん!といななき、チェインソウのやいばが高速回転を始める。
うるさい金属音を立てて、『独裁者』の『アイアンメイデン』から黒い鎖が伸びてきた。向かう先にはハルがいる。『独裁者』はハルを始末したがっているのだ。
影子はハルを背後にかばうようにしてチェインソウを振るい、何本も向かってくる鎖を切り落としていった。これに捕まったらあの鉄の処女の中へご招待、だ。ただの人間であるハルなどひとたまりもないだろう。
ハルの盾になりながら攻撃を叩き落していく影子に、『独裁者』は悲痛な叫びを上げる。
「なぜです、影子様!? なぜそのような男を……!?」
「てめえこそ、どういう了見だ!? アタシのあるじに……手を出すな!!」
舞うように回転しながらすべての鎖を落とした影子は、吠えながら一足飛びに『アイアンメイデン』に肉薄した。そして、チェインソウで鉄の処女を斬り倒そうとする。
ぎぎいいいいいいい!!と耳障りな音を立てて火花が散った。今まで様々なものをぶった斬ってきたチェインソウが、『アイアンメイデン』の装甲に負けている。どれだけ押しても引いても固すぎて斬ることができない。
「……こン、の……!!」
『アイアンメイデン』本体に集中していた影子は、注意が散漫になっていた。いつの間にか取り囲んでいた黒い鎖が、一気に影子を締め上げる。
「くそっ!!」
もがく影子に、『独裁者』は上っ面だけのかなしみを浮かべて、
「大変申し訳ありません、影子様。少々我慢してください」
鎖が影子を『アイアンメイデン』の内部に引きずり込む。すっかりハラの内に納められた影子は、最後までもがいていた。
「クソが!! 離せ!!」
「我慢してください、影子様……今、僕の証をあなたに刻み込みます……」
ぎいいいいい、と錆びた鉄の悲鳴を上げながら、『アイアンメイデン』の扉が閉まる。完全に閉じた瞬間、鉄の処女のあちこちから黒いしぶきが上がり、墨汁のような影子の血液が足元にたまった。
「影子!!」
青くなったハルが急いで駆け寄ると、『アイアンメイデン』はまだどくどくと黒い血を流し続けている。
ハルは素手でその冷たい鉄の処女の扉をこじ開けようとした。必死にちからを込めて、どうにかして影子を救い出そうと。
ハルのちからによるものなのか、それとも『独裁者』がそう望んだからなのか、『アイアンメイデン』の扉がやっと開いた。
「影子……影子!!」
もどかしげに引っ張り出した影子は、全身黒い血まみれだった。あちこちに穴が開いており、その穴からはひっきりなしに血がこぼれだしている。
「……ぐっ……げほっ……!」
内臓もすべてやられたのか、影子は口からも大量の血を吐いた。
満身創痍、瀕死の状態だ。そんな影子のからだを支えながら、ハルは呼びかける。
「影子、もういい!!」
「……くっそがあああああああああああああ!!」
キレ散らかした影子は、もうその言葉には耳を傾けなかった。
ず、と影子の影からいくつもの黒い刃物が浮き出てくる。
包丁ハサミカッターナイフドスキリ。影子の奥の手、『総攻撃』だった。
刃物の群れは一斉に『アイアンメイデン』に襲いかかり、たちまちぐさぐさの串刺しにしてしまう。さすがの鉄の処女も、この攻撃の前ではひとたまりもなかった。
剣山になって『独裁者』の影に沈んでいく『アイアンメイデン』。やっと辺りに静寂が戻ってきた。影子の喘鳴だけが響いている。
「……残念です、影子様……」
『影』を撃破されたというのに、『独裁者』の興味はあくまで影子に向かっている。その頬に、はらはらと涙が伝った。
「……あくまで、その男にこころをとらわれているのですね……叶わぬ恋に身を捧げて……かわいそうな影子様……」
「……が、はっ……る、っせ……!」
「また迎えに来ます、必ず」
一礼をした『独裁者』は、素早く車に乗り込むとそのまま去って行ってしまった。
瀕死のダメージを受けながら『総攻撃』を放った影子もまた、チリとなってハルの影へと帰っていく。かなり消耗したはずだ、回復には時間がかかるだろう。
ひとり残されたハルは、黒い血にまみれた両手を見下ろしてぎゅっと目をつむる。
やはり、こうなったか。『独裁者』は自分の思う通りに事を運ぶためならば何でもする。自分さえよければ、影子ですらどうでもいいのだ。
大した情報も得られなかっただろう。完全に骨折り損のなんとやら、だ。
やりきれない思いで、ハルはしばらく公園にうずくまっているのだった。
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