№27 運命に抗うために
すべてが終わってから、『殺人狂時代』はASSB管轄下の施設に入ることになった。さすがにいつまでもハルのもとにはいられない。逆柳がとりなしてくれたおかげか、かなりマトモな施設に入ることができるようである。
決着の日から数日経った後、ようやく落ち着きを取り戻した『殺人狂時代』は、少ない私物をまとめてハルの自室にいた。その中には、近所の子供たちと交換した遊戯王カードも、ハルの子供のころの服も入っている。
「今まで、お世話になりました」
『殺人狂時代』が改まった様子で頭を下げた。
ハルは慌てて、
「いいよ、そんなの!……それより……ごめん、妹さんのこと……」
助けられなかった。それは厳然たる事実である。目の前であんな風に殺されてしまって、『殺人狂時代』の心中はハルごときには計り知れなかった。
しかし、しゅんとするハルの肩を叩き、『殺人狂時代』は首を横に振った。
「いいんだ、塚本ハル」
「……でも……」
「あんたのせいじゃない。これはもしかしたら、戦場でたくさんの人間を殺してきた僕たちきょうだいへの、神様からの罰なのかもしれない」
子供のクセに、妙に達観したようなことを言われて、やるせなくなった。妹の死がそうさせたのなら、なおさらハルは立つ瀬がない。
「神様なんていないよ。いたら、こんなひどいことは起こらなかったはずだ」
抗弁すると、『殺人狂時代』は、す、と獲物を狙う蛇のように目を細めて、
「いや、いる。ずっと僕らを見てるんだ……けど、僕はいつか、神様を出し抜いてやる。この運命から、きっと抜け出してやる」
神さえも狩ろうとしているのだ、この戦場の申し子は。どこまでも業の深い、かなしいまでに研ぎ澄まされたいのちは、必死に運命に抗おうとしている。
「そのためにも、僕はあんたたちの側につくよ、塚本ハル」
望んでいた新たな『影使い』の仲間だ。が、手放しでよろこぶことはできなかった。言いようのない後ろめたさがハルの中にあった。それはおそらく、逆柳や他のみんなの中にもあるものだろう。
「……『モダンタイムス』の罪は、あの『犬の生活』が地獄まで背負って持っていけるような、そんな軽いものじゃない。必ず、つぐなわせてやる。そのためだったら、なんでもやる」
なんでも、というのは、本当にどんなことでもやるという意味だろう。たとえそのいのちを落としたとしても、死よりもおそろしいことが起こったとしても、『殺人狂時代』は止められない。
かなしすぎる動機に突き動かされて、今後も『殺人狂時代』はハル達とともに『モダンタイムス』を、『影の王国』を追っていくのだろう。
うつむいた『殺人狂時代』は、ふっと息を吐くようにつぶやいた。
「無力な大人になり下がるくらいなら、あきらめの悪い子供のままでいい。僕は僕なりのやり方で『モダンタイムス』との決着をつける」
「……かたき討ち?」
決着をつける、とは、つまり復讐を成し遂げるということだ。妹のあだを討つつもりなのだろう、『殺人狂時代』は。
「そう思ってもらっていい」
それを否定も肯定もせず、『殺人狂時代』は淡々と語る。
「これは、運命に対する僕らきょうだいの抵抗なんだ。『黄金狂時代』のためにも、『影の王国』……『モダンタイムス』は、必ず殺す」
その琥珀の瞳には、あどけなさと薄暗さが同居していた。復讐の黒い炎が、『黄金狂時代』を焼き尽くした炎のように、兄である『殺人狂時代』のこころを焦がしているのである。死してなお、双子はつながっていた。
「……こわくないの?」
以前と同じ問いかけをしたハルに、『殺人狂時代』はうっすらと笑って見せた。
「こわくなんてないよ。これは、聖戦なんだ。たとえ神にあだなすことになっても、どんな結末が訪れようとも、僕は戦う。それが『僕らの』存在理由だから。最後まで戦い抜いて、絶対にこの運命をねじ曲げてやるんだ」
そこまでの決意が、幼い『殺人狂時代』の中にある。ハルには想像もつかなかったが、いくつものつらい出来事を乗り越えてきた『殺人狂時代』だからこそ、ここまで固い覚悟を決めているのだろう。
「……さあ、おしゃべりは終わりだ。そろそろ行かないと」
小さな荷物を背負って、『殺人狂時代』が立ち上がる。気のせいだと思うが、少し背が伸びたような気がした。
「じゃあね、『殺人狂時代』。近いうちにまた会おう」
「うん……あっ、そうだ」
何かを思い出したように荷物を下ろした『殺人狂時代』は、寝床の枕の下に忍ばせていた拳銃を取り出した。うっかり置いていきそうになったようである。
「忘れるところだった」
「結局、その枕元の拳銃はなくならなかったけど、こうして忘れていきそうになるくらい小さな存在になったってことはよかったんじゃないかな」
物騒なライナスの毛布は、これから先どうなるのだろう。
『殺人狂時代』は手の中の大型拳銃を見下ろして、
「……やっぱり、僕は戦場にとらわれてるんだ。戦争の亡霊みたいなもんだね」
自嘲するように苦笑いする『殺人狂時代』に向かって、口をついて言葉が出てきた。
「そんなこと、言わないでいいよ」
「…………」
自嘲の笑みは、ハルの言葉によって困惑したような表情に変わった。叱られた子供の顔でたたずむ『殺人狂時代』を、ハルはおもむろにぎゅっと抱きしめる。
「きっと君も、平和な世界になじんでいける。もう戦争は終わりにしよう。君は子供だ、どうしようもないくらい。僕は無力だ、どうしようもないくらい」
そこだけは、どうあがいたところで覆らない事実だ。腕の中で戸惑う『殺人狂時代』をさらにちから強く抱きしめ、
「けど、本当の意味で君の戦争が終わって、いつかその枕元の拳銃がなくなったそのときは、『黄金狂時代』もこころ残りなく天国へ行けるんじゃないかな?」
断言はできない。すべては希望的観測だ。
しかし、そう願うことくらいは許されてもいいはずだ。
「……そうかな……?」
「そうだよ」
か細く震える『殺人狂時代』の言葉に応じると、その小さな手の中にあった拳銃が、ごとん、と床に落ちる。拳銃を手放した『殺人狂時代』はハルの背中に縋るようにしがみつき、その胸に顔をうずめた。
そして、けもののような大きな声を上げて号泣し始める。
今回の戦いが終わって、落ち着いて、ようやく本当の意味で妹のために泣けるようになったのだろう。感情が膨れ上がった『殺人狂時代』は、年相応の涙を流した。死んでいった妹のために、それを救えなかった自分のために。かなしみ、怒り、悔しさ、無力感、殺意。そんなものがまじりあった涙が、するするとハルの胸に吸い込まれていく。
ハルは何も言わず、その背中をあやすように撫でていた。時折鼻をすすり、大泣きする『殺人狂時代』はただの子供だ。ほんの少し神様に嫌われてしまっただけの、幼い子供だ。
ハルの背中にすがりつくか細い腕は、いつかはきっとたくましく成長するのだろう。背も伸びて、少しの妥協とあきらめを覚え、広くなった世界に羽ばたいていく。
だが、せめて大人になる前に、たくさん泣いておいてほしい。
がむしゃらに泣くのは子供の特権だ。
いまだに泣き止む気配のない『殺人狂時代』をあやしながら、ハルはただそう願っていた。
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