№23 同士討ち
しかし、それを実感したところで事態はもう進行していた。
いくつかの真っ黒なオモチャの兵隊が、細いツタに絡みつかれてもがいているが、やがては黒い小花を咲かせてぐったりとしてしまう。
急いで『殺人狂時代』が『影』のナイフを向けるが、その細さゆえになかなかツタには当たらない。当たっても、おそらく『犬の生活』には大したダメージは与えられていないだろう。
しかし、細くとも小さな『影爆弾』をつかまえるのには充分だった。
やがてオモチャの兵隊はすべて取り上げられ、沈黙してしまう。
「ミシェーラ!?」
慌てて振り返ると、そこにははつらつとした青い目をした少女はおらず、ただうつろな黒い目をした操り人形が立っていた。
『クトゥルフの悪夢』に乗っ取られてしまっている。『影』がつかまれば、そのあるじたる『影使い』も操られてしまうのだ。
『犬の生活』の支配下に置かれたミシェーラは、何も言わずに指揮者のように指を振り上げた。傀儡となった『影爆弾』たちがいっせいにこちらを見る。
その指が振り下ろされると、それが合図となった。
『影爆弾』たちは敵となり、ハル達の影を目指して飛び込んでくる。
「影子!」
「わぁってる!」
みなまで言わずとも伝わっていた。どるん!とチェインソウのうなる音が響いた。『殺人狂時代』もまた、ナイフの刃先を『影爆弾』に向けている。
『猟犬部隊』も『曳光弾』の銃口を『影爆弾』に向け、引き金を引いた。
弾雨にオモチャの兵隊たちが倒れていくが、その破片だけでも『影爆弾』は作動する。引き裂いた破片が影に入り、隊員の一部の影が小爆発を起こし、負傷者が出た。当然、弾幕も薄くなる。
『曳光弾』の火線をかいくぐり、影子と『殺人狂時代』もまた応戦した。とびかかってくる『影爆弾』たちをチェインソウで、ナイフで、次々と打ち落としていく。
だが、それすらも『犬の生活』は織り込み済みだった。
『影爆弾』を傷つけられるたびに、ミシェーラのからだから血が吹き上がる。黒い目をしたミシェーラは、そのたびにがくがくとからだを震わせた。
それでも、『影爆弾』の攻撃は止まなかった。
「……邪魔するなら、あんたも殺すよ?」
ずら、と『黒曜石のナイフ』を周りに浮かべて、容赦なくミシェーラの『影』を切り裂いていく『殺人狂時代』。『犬の生活』はこういう同士討ちを狙っていたのだ。
「やめて、『殺人狂時代』!!」
叫ぶハルに、『殺人狂時代』は無言で『影爆弾』を傷つけ続けた。ミシェーラの肌が血の色に染まっていく。もうハルの言葉は届かないのだ。
「どーすんだよ!?」
影子もまた攻めあぐねていた。さすがにミシェーラがダメージを負うとわかっていてチェインソウを振るうわけにもいかず、飛びかかってくる『影爆弾』をいなすことしかできないでいる。
どうする、どうすればいい?
改めて、ミシェーラの『影爆弾』は強力だった。たとえ打ち落としたとしても、破片さえ影に入れば小爆発を起こす。態勢が崩れたところへさらに送り込めば、いつかは影に入って大爆発を起こす。
実際、『猟犬部隊』のメンバーはゆっくりと『影爆弾』のえじきになりつつあった。あちこちで爆発が起こり、負傷者が増えていく。弾幕も薄くなる。
「……ちっ……!」
影子の舌打ちが聞こえたと思ったら、次の瞬間影子の影が小さく爆発した。『影爆弾』のかけらの侵入を許したのだろう。右腕を爆発で傷めてしまった影子は、チェインソウを左手に持ち替えて戦い続ける。
「影子!」
「ぎゃあぎゃあわめくな! アンタは指示を出せ!」
「でも……!」
「いいから! アタシはアンタの手札だ! それくらいわきまえてる!」
死ねと命じれば、影子はたやすく死ぬだろう。
殺せと命じれば、影子はたやすく殺すだろう。
だが、ハルにはそんな命令はできなかった。
『殺人狂時代』も『影爆弾』で傷つきながら、オモチャの兵隊にナイフを向けている。そのナイフで『影』を傷つけられたミシェーラのからだから、また血のしずくがしたたる。
どうすればいい?
正解はどこだ?
必死に考えても答えは出なかった。
思わず頭を抱えてうずくまりそうになった、そのとき。
朽ちたトタン屋根をばりばりと引き裂いて、その場に暴風が吹き荒れた。
なにごとかと目を見開いていると、強い光がなにもかもを照らす。
それは、いつか見た『無影灯』……対『影』用のASSBの虎の子だった。ヘリの腹に抱えられた巨大な明かりは手術などにも使われる特殊なもので、一切の影を消し去ってしまう。
そして『影爆弾』も『黒曜石のナイフ』も、『クトゥルフの悪夢』も一瞬でその場から姿を消してしまった。
魔法のような特殊兵器の出現によって、辺りにはヘリがホバリングする音だけが響くだけになる。
『……遅い……!』
珍しくいらついたような逆柳の声が無線機から聞こえてきた。
「……いえ、助かりました……」
『いや、『黄金狂時代』君の処刑の段階で来る手はずだったのだよ……それを、私のことを良く思わない誰かが邪魔をした』
「けれど、ミシェーラの時も、久太の時も使わなかった『無影灯』がどうして今……?」
できるだけ責めるような色合いを消した声音で尋ねると、逆柳はため息をつきながら答えた。
「そのための対『ノラカゲ』法案だったのだよ。法案以前は『無影灯』使用にはASSBのさらに上……公安の煩雑な手続きが必要だった。当然ながら、作戦の頭数には入れられない。しかし、法案が可決された今、ASSB内の手続きだけで使用が可能になったのだよ。もっとも、そううまくはいかなかったがね」
その言葉には言い訳めいたニュアンスは一切なかった。ただ淡々と事実を述べている。
対『ノラカゲ』法案が、こんなところの布石になっていたなんて思ってもみなかった。逆柳はハルの想像よりもずっと先を見据えていたらしい。
ばりばりと旋回するヘリから降下してきた追加の『猟犬部隊』たちが、続々と負傷者たちを保護している。
そんな中、傷つき倒れたミシェーラに、『殺人狂時代』が迫った。
手には鋼の色をしたナイフを握り、刃先はまっすぐにミシェーラに向けられている。無表情の機械人形と化した『殺人狂時代』は、ミシェーラの心臓を貫こうとナイフを振り上げた。
「なに熱くなってんだ、クソガキ!!」
後ろから影子が羽交い絞めにしてくれたおかげでやいばは止まったが、その制止を振り切ろうと『殺人狂時代』は激しく暴れる。
「離して! あいつは僕の敵なんだ!!」
「もうやめろ、『殺人狂時代』! ミシェーラはとっくに『影』を使えなくなってるし、『犬の生活』の『影』も消えた! ミシェーラは君の敵じゃない!!」
なんとかハルが説得すると、『殺人狂時代』はようやく動きを止めて影子の腕の中でだらりと力を抜いた。手の中から、からん、とナイフがこぼれ落ちる。
聞き入れてくれたようだ。よかった、とハルはほっと息をついた。
しかし、『殺人狂時代』はうつろな目をしたまま問いかける。
「……じゃあ、僕の敵は、どこ……?……誰を殺せばいいの……?」
寒々しいほどの琥珀の色を突きつけられて、ハルは思わず息をのんだ。
『殺人狂時代』は完全に戦場にいたころに戻ってしまっている。もう、あの日いっしょに無邪気に遊んだ少年はいないのだ。
決定的に失われた多くのものは、もう取り返しがつかない。
そういう運命だった、と言ってしまえばそれまでだが……
糸の切れたマリオネットのようにうずくまる『殺人狂時代』を前にして、ハルは己の圧倒的な無力さに打ちのめされていた。
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