№19 双子の再会
そして、翌日昼の作戦決行時間になった。
『黄金狂時代』がとらわれているのは、山間部の限界集落の成れの果てと思われる廃墟の一角だ。朽ちて落ちる寸前の廃屋の中に、探し求めてきた『黄金狂時代』がいる。
その廃集落には、逆柳率いる『猟犬部隊』が集結していた。結構な数の兵士たちの中には、倫城先輩もいるのだろう。手に手に銃火器を構えて油断なく廃屋を包囲している。
『殺人狂時代』はじっと廃屋の奥を見透かすように観察していた。
しかし、『殺人狂時代』は結果を急くようなマネはしない。獲物を狩るけもののように、ただ冷静にものごとの運びを見ている。それが戦場を生き抜いてきた『殺人狂時代』の、なくてはならない性質だった。
ハルもいる。
ミシェーラもついてきている。
役者はすべてそろった。
あとは敵が出てくるのを待つばかりである。
『『モダンタイムス』君。そこにいるのはわかっている。君が欲しがっている『殺人狂時代』君はここにいるぞ』
逆柳が廃墟に向かって拡声器で呼びかけるが、動きはない。
今度はわざと挑発するような口調で、
『おや、欲しくないのかね? では我々は悠々と『黄金狂時代』君を奪還させていただくよ』
それでも、返事はなかった。
……本当に、『モダンタイムス』はここにいるのだろうか?
『黄金狂時代』を放棄して逃げ出したのではないか?
一応その場合のプランも説明されたが、ハルはどうにも『モダンタイムス』特有の『におい』を感じて違和感を覚えた。あのペテン師がこうも簡単に人質を明け渡すわけがない。
だが、『黄金狂時代』がここにいるのはほぼ確定している。今回の目的は『影の王国』を倒すことではなく、『黄金狂時代』の奪還だ。『モダンタイムス』がいないのならばその方が都合がいい。
それに、『犬の生活』がどう動くかも懸念材料だ。ああいう別れ方をした以上、なにか仕掛けてくるのは必至。
『犬の生活』の『クトゥルフの悪夢』対策も立てられているが、『タイミングが問題だ』と逆柳がこぼしていたのを覚えている。逆柳らしくない、リスキーな賭けだった。
しかし、今のところ『犬の生活』も出てくる気配がない。
「……仕方がない。『殺人狂時代』君、予定通り、君がひとりで先行してくれたまえ」
「わかった」
逆柳の言葉にうなずくと、『殺人狂時代』は単身廃墟の内部へと足を踏み入れた。
どうやら工場だったらしく、朽ち果て錆び落ちたトタン屋根は穴だらけで、ところどころから日の光が差している。もちろん、そこかしこに影がわだかまっていた。
いつ何が起きても対処できるよう気を張りながら歩を進める『殺人狂時代』は、いつしか戦場を思い出していた。
そうだ、ここはあそこと同じだ。
欲望と争いと死のにおいがする。
自然と戦場時代に引き戻され、『殺人狂時代』の感覚は研ぎ澄まされていった。
一歩、また一歩と廃工場の奥へと進んでいく。『殺人狂時代』の警戒をあざ笑うかのように、あっけないほどなんの攻撃もなかった。
ぼろぼろになったコンテナの向こう側を注意深く覗くと、そこには……
「……『黄金狂時代』……!」
実の妹の『黄金狂時代』が、椅子にくくり付けられてうなだれていた。見たところ、目立った外傷はない。こちらに気づいていないだけか、それとも意識を失っているのか……最悪、死体かもしれない。
今すぐ駆け寄りたい気持ちを押さえつつ、なおも慎重に近づいていく『殺人狂時代』。こういう時こそ用心しなくてはならないのだ。敵は弱みに付け込んでくる。
間近まで歩み寄ると、『黄金狂時代』がゆっくりと顔を上げた。
「……おにいちゃん……?」
かすれた声だが、意識はある。『殺人狂時代』がよく知る妹の声だ。死体ではない。
「そうだよ、助けに来た! 無事でよかった……!」
ようやく再会をよろこぶ『殺人狂時代』に、『黄金狂時代』はかすかに顔を曇らせて言った。
「……ごめんね……おにいちゃんの足、引っ張って……」
「いいんだよ、そんなこと! さあ、今自由にしてやるから……!」
『黄金狂時代』を戒めていた手錠をピッキングツールで解くと、双子はやっと手を取り合うことができた。
「……『黄金狂時代』……!……心配したよ、僕の妹……!」
「……ありがとう、おにいちゃん……!」
感動の再会といきたいところだったが、その前に済ませなければならないことがあった。
『殺人狂時代』は持たされていた無線で逆柳に奪還成功の報告をする。
ほどなくして、ハルとミシェーラ、『猟犬部隊』が突入してきた。
『黄金狂時代』の顔を見て、ハルはかすかに驚いた。
褐色の肌に琥珀の瞳、長さは違うが赤い髪。面立ちも背格好も、ほとんど『殺人狂時代』と変わらない。双子だとは聞いていたが、ここまで似ているとは。双子は子供のころは見分けがつかないと言うが、髪を切ってしまえばほぼ同一人物に見えるだろう。
「『モダンタイムス』は……逃げたか」
「みたいだネ」
つぶやくハルに、ミシェーラが同意する。
まだ『犬の生活』が出てきていないが、このまま大団円でいいような気がしてきた。
「……おにいちゃん……会いたかった……!」
「……僕もだよ、『黄金狂時代』……!」
固く抱き合い、双子は涙声で再会をよろこび合った。兄の方は必死にこらえているようだが、妹はわんわん泣いている。兄と引きはがされて、よほどつらい思いをしたのだろう。
『黄金狂時代』の涙を受け止めて、『殺人狂時代』は妹を抱きしめる腕にいっそうちからを込めた。
「もうこわいことなんて起こらないよ……今度こそ、僕が守るから……!」
「僕たちもいることだしね」
『殺人狂時代』に乗じて、ハルも安全を保障する。ミシェーラもサムズアップして、『猟犬部隊』がすぐさま『黄金狂時代』の救護に回った。
これにてハッピーエンドだ。
ふしあわせなことはなにも起こらない。
双子はいっしょに普通の子供に戻って、めでたしめでたし。
「……おにいちゃん」
が、なにか様子がおかしかった。
ぴたりと涙を止めた『黄金狂時代』は口調を一変させ、まるで兄を逃すまいとしているようにそのからだにすがりつき、
「そんなひとたちに頼ることなんてないよ。戻ろう、『影の王国』に。私たちはずっとそうやって生きてきた。そうでしょ?」
「……『黄金狂時代』……?」
いぶかしげに腕の力をゆるめ、妹の顔を覗き込む『殺人狂時代』。
そこにあるのは、琥珀色の見慣れた瞳ではなかった。
暗い闇の色をした、うつろな瞳。
「私たちの居場所はそこじゃない。『影の王国』こそが本来あるべき場所なの。だから、戻ろう? そうすれば、みんながしあわせになれる」
「離れて、『殺人狂時代』! なにかおかしい!」
とっさにハルが叫んだが、遅かった。
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