№15 おともだちをさがして

 考えに考え抜いて、ひとつの答えにたどり着いたハルは、その日ひとり街へ繰り出した。


 目につくファミレスに片っ端から入り、あの喪服の女を探す。


 何軒目かでようやく大荷物の外国人女性を見つけた。


「……『犬の生活』」


 すっかり日は暮れていて、これならば『影』での攻撃はできないだろう。


「ああ、見つかってしまいましたね、おいたわしや……」


 眉尻を下げながら紅茶を飲む『犬の生活』は、逃げも隠れもしなかった。これさいわいと、ハルは向かいの席に腰を下ろし、ドリンクバーだけを頼む。


「あなたは目立ちますからね」


「それで、いったいどういったご用件ですの? またわたくしを捕まえにいらっしゃったの?」


 『犬の生活』の問いかけに、ハルは首を横に振った。


「いいえ、違います。僕はあなたと友達になりに来たんですよ、『犬の生活』」


「……おともだち……?」


 思ってもみなかった答えが出てきて、『犬の生活』はこてんと首をかしげる。


 ファミレスに定住するほどさみしがりの『犬の生活』。きっと友達などいないだろう。それでも、少しでもひとの気配を求めてファミレスを渡り歩いているのだ。


 ハルはその孤独に付け込むことにした。


 『犬の生活』にとって、友達は喉から手が出るほど欲しい存在に違いない。そんな女性と友達になれば、もしかしたらこの状況を打開することができるかもしれない。そう考えた。


「あなたの考える『友達』って、どんなものですか?」


 手始めにジャブを放つハル。『犬の生活』は今度は逆側にこてんと首をかしげて、


「……そうね……わたくしをかなしませない、さみしくさせない、いつも寄り添ってくれる存在、かしら」


 案の定、『犬の生活』が考える『友達』像はいびつなものだった。自分が、自分が。求めるばかりで与えることを考えていない。そんなひとりよがりではマトモな友達などできるはずもない。


 ハルは『犬の生活』の目を見ながら言った。


「それだけじゃ、友情に足りないんですよ」


「……他になにか必要?」


「ええ。友達になるためには、あなたもその友達に寄り添わなきゃいけない。あなたも、その友達にさみしい思いやかなしい思いをさせちゃいけない、そういうこともしちゃいけない。わかりますね?」


「……もしかして、わたくしをASSB側に口説いていらっしゃるの?」


 いぶかしげに問う『犬の生活』に図星を突かれかけたが、ハルはあくまで平静を装った。


「そういうことじゃありませんよ。僕はそれで後悔しましたから、あなたとはそうなりたくなくて……久太は、長良瀬久太は元気にしていますか?」


 話は、かつて失った友人へ及んだ。


 ずっと気になっていた。『影の王国』側に行ってしまった久太は、今ごろなにをしているのだろうか、と。半ばハルのせいであっち側につくことになった久太がひどい目に遭っていたら、ハルとしてもやりきれない。


「……ああ、長良瀬久太さん……おいたわしや……」


 すぐに思い当たったのか、『犬の生活』は記憶を探るように宙に視線をさまよわせた。


「あれから、学校もやめたって聞きましたけど」


「……わたくしも、詳しくは存じ上げませんの。『七人の喜劇王』同士、つながりが希薄なものでして……ただ、今は『モダンタイムス』の指示で行動しているようですわ……」


「元気にしてますか?」


「ええ、肉体的には健全です……精神的にはとてもそうだとは思えませんが」


「……心配です」


 ひどい目には遭っていないようだが、かなり不安定になっているらしい。最後に目にした顔を思い出して、むべなるかな、と腑に落ちる。


「僕が寄り添えなかった友達です」


「……それで、わたくしとはそうなりたくなくて……?」


「はい、今度こそ、友達をなくすようなことはしたくないんです」


 ちから強く言い切ったハルに、『犬の生活』は黙りこくってしまった。


「……久太は、どんな風に不安定なんですか?」


 引き続きかつての友達のことを尋ねると、『犬の生活』は顔をさらに曇らせ、


「ええ……きっといつかやってくる罰におびえて、眠れぬ夜を過ごしているようです……おいたわしや……」


「……そうですか……」


 やはり、ハルの言葉は届いていなかったか。改めてその事実を突きつけられ、ハルは大きく肩を落とした。


 たしかに、久太が犯した罪は重い。が、罪は償える。そう伝えたかったのに、久太は罰でしかあがなえないと苦悩し続けている。いつやってくるともしれない罰におびえて。


 いつかまた顔を合わせるときは、おそらく敵同士だろう。それでもいい、今度こそハルの言葉を届けたい。許されるのだと、そう伝えたい。


 そうすれば、久太を救える。きっと、いつか救い出してみせる。


 胸に誓うハルは、『犬の生活』に水を向けた。


「だから、あなたとはそういう結末で終わる友達にはなりたくないんです」


「……わたくしと、お友達になってくださるの……?」


 こわごわと聞く『犬の生活』は、女王とは思えないほど動揺していて、まるで巣穴から顔をのぞかせる小動物のようだった。


 ここぞとばかりにハルは身を乗り出し、ないしょ話をするようにささやきかけた。


「……あなたが、約束してくれるなら」


「……やくそく……?」


 同じように声を潜める『犬の生活』に向けて、ハルは言った。


「……どうか、僕をかなしませるようなことはしないでください。そうすれば、僕はあなたの友達になれます」


「…………」


 困ったような表情で、『犬の生活』は口を閉ざしてしまった。


 迷っているのだ。


 こっちにつくか、あっちにつくか。


 友情を取るのか、信条を取るのか。


 迷いに迷った挙句、やっと『犬の生活』がそのルージュの乗ったくちびるを開いた。


「мой лучший друг」


 出てきたのは、流暢なロシア語だった。おそらくは、『私の友達よ』辺りの意味だろうが、ロシア語に明るくないハルにとっては何とも言い難かった。


 そもそも、『犬の生活』はロシア人だったのか。『殺人狂時代』といい、『影の王国』はなかなか国際色豊かな組織らしい。


 驚くハルを見つめながら、『犬の生活』は真剣な顔をして告げた。


「わたくしは、あなたとお友達になりたい……けれど、きっと最後にはあなたをかなしませてしまう……」


 ハル達が敵対する『七人の喜劇王』の一角である限り、それは避けられないことだ。『犬の生活』もよくわかっている。


 友達になるには、『影の王国』を離脱しなければならないのだ。それこそがハルの狙いだったが、なんだか『犬の生活』の孤独をもてあそんでいるような気がして尻の据わりが悪かった。


 しかし、確実に『犬の生活』は揺らいでいる。


 境界線上でためらっているのだ。


 チャンスはある。

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