№10 『黄金狂時代』

 ハルたちがひと悶着を起こしている正にそのころ、『殺人狂時代』の双子の妹である『黄金狂時代』は、廃墟の一室で椅子に拘束されていた。『殺人狂時代』の髪を伸ばして少し顔つきをやわらかくしただけの、そっくりな容姿をした少女だ。


 頑丈な手錠はどうやっても取れず、『黄金狂時代』は早々に正面突破の脱出をあきらめていた。


 正直、争いは嫌いだ。できることなら誰ひとり傷つけることなく兄のもとに戻りたい。


 しかし、この局面を乗り切るためには、多少の荒事も必要だろう。イヤだなどと言っている場合ではない。


 『黄金狂時代』とて、ダテに戦場を生き抜いてきたわけではないのだ。


 必ず生き抜いて、また『殺人狂時代』に会おう。


 塚本ハルなら、ASSBなら、きっとかくまってくれる。


「おっはよー、オヒメサマ!」


 決意を固めていた『黄金狂時代』のいる一室に、ド派手な花魁衣装に真っ赤な短髪、椿の眼帯の痩せた男が現れた。一本歯の下駄が高らかに鳴る。


 『黄金狂時代』を監禁している張本人、『モダンタイムス』である。どうやら食事の時間らしく、手にはココイチのビニール袋を提げていた。


 相変わらず振り切れたテンションで『モダンタイムス』は『黄金狂時代』に一方的にまくし立てる。


「ゴキゲンナナメだね? そりゃあそうだよねえ、なんたって囚われの身なんだから! お兄ちゃんが恋しい? 小生も『殺人狂時代』君が恋しいよぅ!」


「…………」


 何とかしてこの男を出し抜く手はないだろうか。


 『黄金狂時代』は冷静に頭を回転させた。


 『モダンタイムス』はがさがさと袋をあさり、


「きっともうすぐ会えるから、ご心配なく! その日のために英気を養わないとね! ほぅら、みんな大好きカレーだよぅ、トッピングはチーズと卵とオクラと納豆だ! 空腹はひとを不機嫌にさせるからねぇ、円滑な関係醸成のためにも、さあ、食べようじゃないか!」


 べらべらとしゃべりながらカレーの容器を取り出し、ふたを開けた。食欲をそそるスパイスのにおいが香る。が、『黄金狂時代』は空腹など慣れっこだった。今この状況で何かを食べたいとも思わない。


 それでも、『モダンタイムス』はカレーとライスの乗ったスプーンを『黄金狂時代』の口元へと近づけた。


「はい、あーん♡」


 青白い顔でにっこり笑って差し出されたスプーンを、『黄金狂時代』は拒まなかった。ぱくり、スプーンをくわえると、カレーを飲み下す。


 そして、そのプラスチックのスプーンをねっとりと舐めて見せた。


 まるで口淫のように舌を絡めてしゃぶり上げ、嫣然とした笑みを浮かべた上目遣いで『モダンタイムス』を見上げる『黄金狂時代』。


 『モダンタイムス』は大げさに目を見張った。


 そうだ、知っている。


 自分の『影』は『影』を喰う特殊なものだ。ゆえに、あの秋赤音も戦力にはならない。『影』の相性としては最悪の組み合わせなのだ。


 『モダンタイムス』もそのところをわかっているらしく、ここへ秋赤音を伴って訪れたことは一度もない。


 それを踏まえた上で、『黄金狂時代』は『モダンタイムス』にハニートラップを仕掛けたのである。


「……ねえ、私とイイコトしない?」


 戦場で散々培ってきた、わざと舌っ足らずにした甘い声音でささやきかけ、『黄金狂時代』は拘束されたままつま先で『モダンタイムス』のからだをなぞった。


 スプーンとカレーの容器を置いた『モダンタイムス』は、にやにやしながら両手を上げる。


「おや、小生にハニトラを仕掛けてるのかい? おお、こわいねえ……かわいいけど」


「そう、私はずうっとこうして生き抜いてきた」


 くちびるの輪郭をなぞるように舌なめずりをしながら、『黄金狂時代』が続けた。


「私を抱いた男はみんな死ぬ。けど、死んだことを後悔しないほどの快楽を与えてあげる……そういうの、興味ない?」


 幼い面立ちからはかけ離れた、高級娼婦のような笑みを浮かべ、甘い声でささやく『黄金狂時代』。


 『モダンタイムス』は読めない男だ。果たして、この誘いに乗ってくるか否か。


 あくまでも幼い娼婦の顔で笑う『黄金狂時代』に、『モダンタイムス』はへらりと笑い返した。


「いやあ、興味津々! 実にいやらしい! いいねえ、別にロリコンじゃない小生も勃つもの勃ってきちゃったもの!」


 しめた。これで隙ができる。


「じゃあ、いいよね? 逃げないから……」


「ところがね、小生は悟りを開いたのだよ!」


 『黄金狂時代』が逃げる算段を立てるのを遮るように、『モダンタイムス』は高らかに宣言した。


 一瞬あっけにとられた『黄金狂時代』だったが、すぐに小バカにするような顔をして、


「なに? 性欲捨てたとか、そういうの? だったら……」


「いやいや、違う違う」


 手と首と両方を横に振りながら、『モダンタイムス』がにんまりと満面の笑みを浮かべた。


「奪えるものは奪っちまおう、ってね」


「…………は?」


 思わずシラフに戻ってしまった『黄金狂時代』の小さな口元に、次の瞬間袴を下ろした『モダンタイムス』の膨らみかけた欲望が突っ込まれる。


「……む、ぐっ……!」


「噛んじゃダメだからね? ゆっくり、やさしぃくしゃぶるんだよ? そうすりゃ小生、ちょぉっとこころが揺らぐかもしれないからぁ」


 口ではそう言っているが、このペテン師のこと、絶対にこころなど揺らぐはずもない。


 頭ではわかっていたが、『黄金狂時代』は一縷の望みを捨てきれなかった。


 結果、『黄金狂時代』は、ずる、ちゅぱ、と音を立てながら、『モダンタイムス』の屹立をしゃぶり始めた。みじめったらしい雌犬の気分に吐き気がするが、どうしても残された希望にすがりつきたかった。


 『黄金狂時代』の巧みな口淫に、『モダンタイムス』は腰をくねらせてよがった。


「ああ、上手だねえ、気持ちいいよぅ! ほぅら、もっと奥までくわえこんでね♡」


「……ん、ぐっ……!?」


 『モダンタイムス』は『黄金狂時代』の頭をつかんで、怒張を喉奥まで割り込ませた。息ができなくなるが、乱暴にされるのには慣れている。『モダンタイムス』が腰を振るまま、『黄金狂時代』はその欲望をしゃぶった。


 息を弾ませながら、『モダンタイムス』が愉快そうに笑う。


「あはは! 戦場ってのは闇が深いねえ! こぉんな小さな女の子さえ娼婦に変えちまうんだから! さあ、何人の男をたらしこんで死地に送ってきたのかな、お嬢ちゃん!?」


 嘲笑にしか聞こえなかった。この男は、『黄金狂時代』のからだだけではなく、こころまで蹂躙しようとしている。


 かつての傷をえぐられたかのような気になって、『黄金狂時代』は殺意を秘めた視線で『モダンタイムス』を睨みつけた。


 ……殺してやる……!


 平和主義の『黄金狂時代』でさえ、『モダンタイムス』にそれほどの憎悪を抱いた。


 だんだんと腰を振るペースが速く、激しくなる。ぐちゃぐちゃと『黄金狂時代』の口を使って張り詰めた高ぶりを絶頂へと導き、


「……あ、は……!……いいねえ、その、目……!……っは、出ちゃう……!」


 そうして、『黄金狂時代』にねめつけられたまま、『モダンタイムス』は盛大に射精した。


 びゅくびゅくと余韻を残し、精液が『黄金狂時代』の気道に入り込み、吐き気がこみ上げてくる。


 ようやく白濁を吐き出し終え、『モダンタイムス』は欲望をずるりと口から抜いた。途端、『黄金狂時代』は涙を流しながら咳き込み、えづく。


 口の端から白い粘液をこぼしながら苦鳴を上げる『黄金狂時代』の髪をつかみ上げて、強制的に顔を上げさせる。


 目を合わせ、『モダンタイムス』はうっとりしたような表情で微笑んだ。


「ああ、気持ちよかった……また『イイコト』したくなったら言ってね? まあ、言わなくてもするんだけど」


 ぜいぜいとあえぐ『黄金狂時代』の汚物を見るような視線すら快感に変えて、『モダンタイムス』は髪から手を離した。


 そして、拘束を解くことなく去っていく。


 ばたん、と廃墟のドアが閉まる音が無情に響いた。


 なんてみじめなんだろう。


 しかし、これくらいの辛酸は腐るほど舐めてきた。


 すべては、再び兄に会うために。


 そのためなら、なんだってしよう。


 精液交じりのつばを吐き、『黄金狂時代』は兄と同様、どこか闇をはらんだまなざしでドアを睨みつけた。

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