№24 ファックンロール!
「そうだ、せっかくだから試してみるかい?」
事もなげに言うマスターが指を鳴らすと、するり、と龍の『影』の一匹がハルの影に入っていった。
途端、影子の挙動がおかしくなる。頭を抱えて、苦しそうな顔で苦悶の声を上げた。
「う、うう、ううううう……!」
集合的無意識に呼びかけて主人を食えと命令する――現象としては違うが、学園祭に現れた『ノラカゲ』と同じ『ナイトメア』タイプというわけか。
「影子……影子!」
「うう、近寄るん、じゃねえ……!」
案ずるように近づくハルを手で振り払って、影子は頭を抱えた。
「あ、あ、あ、ああああああああ!!」
天に向かって咆哮すると、ぱぁん!とハルの影から龍の『影』がはじき出される。影子はぜえはあと息をしながらマスターを睨みつけた。
「ほらね。『影使い』には無効。だから君たちが邪魔だったんだ」
「……アタシはなぁ……誓ったんだ。こいつの剣となり、盾となることを……それを、ちょっとばかし惑わされたからって、反故にしてたまるかってんだ……!」
よろめきを残しながら影子が吐き捨てる。『ナイトメア』タイプの精神汚染は、きっと影子のメンタルを確実に削ったことだろう。それでも、影子はらんらんと燃える赤い瞳でマスターをまっすぐ見据えていた。
「アタシはこいつのもんだ……許可なく食うことなんてできねえんだよ!」
「そして、ハル君は君のものでもある。君たちは互いが主従の関係を持っているのだね。意志疎通できる『影』、か。うらやましいよ」
ということは、マスターと龍の『影』は意思疎通ができていないということか?
そこに付け入る隙があるかもしれない。
しかし、マスターは微笑みながら無慈悲に続けた。
「よし、方法を変えよう。こいつらは、一匹一匹はさほどのちからはない。けど――」
瞬間、龍の『影』たちは竜巻のようにひとつに集まっていった。ぐねり、ぐねりとからだをよじらせながら、それはやがてひとつの大きな『影』となる。
それは、見上げるほど大きなおろちだった。龍の禍々しさはそのままに、とぐろを巻いてこちらを威嚇している。
あの龍の『影』百匹分のちからを持っていると思うと、からだがすくんでしまう。
「……やれるか? 影子」
震える声で問いかければ、影子はおいしい獲物を前にしたケダモノのように笑みに満ちたくちびるを舌なめずりした。
「楽しい楽しいパーティーじゃねえか。さくっとぶっ倒して大団円といこうぜ……あはははは! でけー! つよそー! けど勝ぁつ!」
チェインソウを構えれば、ぐおん!とエンジンがかかる。回転する真っ黒な刃が獲物を求めて振りかざされた。
「ファックンロール!!」
チェインソウを引っさげて飛び出す影子。ぢぃん!と派手な音がして龍の一部が削れた。墨汁の雫となったそれは、しかし一匹分の成果しか挙げられていない。敵は集合体なのだ。
「ちっ、高いところから見下ろしやがって……!」
舌打ちする影子に、龍の『影』の尾が迫る。まともに脇腹に食らった一撃は、軽々と影子を吹っ飛ばした。建築資材が詰まれている辺りまですっ飛んで、頭から突っ込む。
「影子!」
「……てて、心配御無用ー」
ふらり、立ち上がる影子だったが、頭を切ったのか、顔半分が黒い血液で濡れている。肋骨もやられたのか、胸に手を当てて苦しそうに呼吸をしている。
「あはははは! 楽しいなあ、楽しいなあ、こんなデカい獲物初めてだ! 食いでがあるだろう……ぜっ!」
ヴォン!とチェインソウの回転数を上げて、影子は再び駆け出した。しかし、ダメージを受けている分動きが鈍い。
「でぇい!」
龍の『影』の腹の部分を切り裂くが、吹き出す黒の血飛沫は二三匹分といったところか。到底、百匹には届かない。あと97匹分……そう思うと、絶望的な気分になった。
荒れた息を整えている影子に、巨龍のあぎとが迫る。ずらりと鋭くとがった牙が巨体には似合わないスピードで肉薄し、影子に食らいつこうとした。
影子はチェインソウを盾にその牙を防ごうとする。が、それも徒労だった。チェインソウごと龍の『影』は影子の胴体を食いちぎる。ぶしゅう、と辺りに黒い血飛沫が飛び散って、影子はチェインソウを取り落してその場に膝を突いた。
「……が、はっ……!」
そのくちびるからも黒い血液がこぼれている。内臓に著しいダメージを負ったようだ。
これは撤退するしかない……ない、のか?
戦う誓いを立てたはずではなかったのか?
自問自答して迷っている内に、龍の『影』は鋭い爪で影子のからだを切り裂いた。肩を、そして足を深々と傷つけられた影子が、声もなくびくんと体を震わせる。
もうなにも考えることはなかった。
駆け出したハルは、影子が取り落したチェインソウを持ち上げた。それは鉛のように重たく、冷たい。幸いにも具現化すれば影子以外にも使えるらしく、構えるとチェインソウはいななきを上げた。
「こ、んのおおおおお!!」
大きく振りかぶって、その刃を投げる。投げた先には龍の目があった。不意打ちの攻撃で視界を奪われた龍の『影』がばたばたと尾をがむしゃらに振るう。
その隙を突いて、動けなくなっていた影子のからだを少し離れたところに移動させた。
「影子、影子!」
「……ん、ん、ん……あはっ、屁でもねえやこんなもん……ぐぅっ!?」
胎児のようにからだを丸めて痛みに耐える影子を見て、ハルは撤退を決意した。
影子の異様に軽いからだを背負って逃げ出そうとした、そのときだった。
龍の『影』が吠える。
それはびりびりと大気を伝って世界中にも響くような大音声だった。
そして、暗い瞳でひたりと見つめるのは――ハルの姿だ。
先ほどの攻撃で、ハルも敵だと認識したようだった。
「……おい」
「何だよ!?」
「アタシ置いて……逃げろ」
「はぁ!?」
「アンタひとりなら逃げられんだろ……アタシと違って、ケツまくって逃げるのがお似合いだからな」
「そんなことできるわけないだろ!?」
「……るっせー……四の五の言わず、とっとと逃げろ」
ちからない声でひとりで逃げろと言う影子。
こんなの、らしくない。
気が付いたら、影子の頬を平手で打っていた。
黒い血まみれの顔でぽかんとしている影子に、ハルは強い口調で言い募る。
「君は僕のものだろ!? 絶対誰にも渡さないって決めたんだ! 君がくれた覚悟は、まだ生きてる! ひとりぼっちでは死なせない!」
「……ハル……」
影子が名前を呼んだのはこれが初めてではないか。呆然として見上げるその視線を受けて、ハルは再び逃げる道をたどった。
が、影子はハルのからだを突き飛ばした。
「なにすんだよ!?」
「……あはは……死ぬほどバーカ。カッコつけやがって……言っただろ、アンタがいなきゃなんにもなんねえんだよ。だから、生きろ。アンタは、アタシが守ってやる」
「そんな……!」
言い争いをしている内に、龍の『影』の目は回復し、ふたりに狙いを定めた。大きく開いたあぎとがふたりまとめて食ってしまおうと迫る。
ハルは影子のからだをぎゅっと抱きしめ――
ばばばばばば!と複数の銃声が響いたのはそんなときだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます