第5話 終わりに刻んだ始まり



 我らの〈被害者〉であると同時に〈慈母〉たる〈救世主〉をあれ程までに追い込んでいた事実に、全員が血反吐を吐く心境だった。

 最早、何故彼女が自分たちを庇ってくれていたのか不思議な位だったが、彼女は抑々そもそもそうして良いも悪いも背負い込む性質が故に、以前の我らは愚かにもは気付かずに雑に扱っていたのだという結論に達した。

 会議は地獄を生んでいく。

 当の彼女はというと、生成した香とお茶菓子が効き過ぎたのか、応接間で眠りについていた。


 踊り狂った会議にて確定したのは、彼女の心身を健やかに守ろうということである。

 本来であれば転職を勧めるほどに、彼女の精神状態はよろしくなかったが、与えられた【能力】自体は帰還した現在も使えるのだ。

 金も権力も【能力】も使い、こちらの世界で今度こそ彼女を幸せにする。

 例え異世界で様々な遺恨を残したままの人間がいようが、彼女の為ならば一時的にでも保留にできる。これで水に流さないのは、彼女の記憶にあるように、元々人が出来ているわけではないからだ。

 彼女慈母とは大違いである。

 【能力】で精神を弄る事は出来るが、それでは意味がない。傀儡ではなく、本来のままに彼女を癒すためにも、彼女が安心できる場所で療養するのが一番だ。

 まずは、彼女が起きた時間によって早退させるか決めようという事となった。彼女がとんでもなく家に帰りたがっているのは、既に知れたことである。


 午前中の内に彼女の目が覚めた為、早退させることとなった。

 タイムカードを切らないように誘導したつもりだが、律義に彼女は早退で切っていた。定時換算する計画が早々におじゃんである。

 彼女が退社した工場内では、給料が10倍になってもおかしくないように、実績という名のアリバイ作りに勤しんでいた。勿論【能力】を惜しげもなく使用している。

 尚、次の日には給料10倍支給は不思議ではない実績を持っていた事をここに記す。


 ―――記憶もなければ【能力】も持たない彼女を開放することが、最良の選択である事は誰もが理解している。

 けれども、手放すにはあまりにも鮮烈に焼き付いてしまっているのだ。

 あの笑顔と、凛としたその立ち姿が。

 美しく神聖で何よりも尊い記憶として、199人の記憶の中に。


 だから、例えトラウマを抱いていようが、自分たちの中から彼女を逃がすわけにはいかない。

 彼女が望んでいるからこそ変わりなく、けれど最良の環境で就業して貰っているが、本来であればいっそ宗教法人にでもなって彼女を信仰したい程である。



 ―――いつまでも微笑んでくれれば、それだけで良いのだから。



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