第3話 終わりの現実




 何故あの様な事をしたのか。助かって良かった。

 様々な声を掛けられる中で、困惑した様子にすら誰もが涙していた時だった。


「あの...自分、何か問題を起こしたのでしょうか...。」

 心底分からないという顔で、ポツリと告げられる。

 距離があった者は、違和感を感じ始めたのか戸惑いの声を漏らすが、中心で縋りつきさえしていた者は気付かない。寧ろ半ば声を荒げる様に嘆く有様である。

「っ、申し訳ありません、説明を。ごめんなさい、わからないです。ごめんなさい、機械、とまっちゃう、すみませんごめなさ、あの。おしえてくださ、ごめんなさい」

 体を震わせて怯え謝る姿は、我らの為に身を捧げた神聖な面影はなく。

 ただただ、害に恐怖する小さな少女の様だった。



 正直あの世界の出来事が印象的すぎて、彼女の事を覚えていない、否知らなかったのだ。

 末端の役に立たない従業員。

 それはこの端っこの機械を担当している事が示している。

 たった一台だけ、失敗してもそれほど損害はでない場所。

 その場所で小さくなって仕事をしていた彼女は、自分たちに何をされていたのか。

 あの場にいた全員を解散させ、彼女を事務所で落ち着かせてみれば、彼女はあの異空間での事すら記憶にはないという。

 記憶と感情を読み取る【能力】を使って調べても、彼女はミスや自分たちの事を怖れているだけ。


 しかもその内容と言うのが―――。

『なにかやらかした?いや、ずっと基本しかしてない。教えられてないし、じゃあ忘れてる?なにを?樋口先輩の言ってた通りにして怒られたし、またそれ?なにいってもおこられるし、ずっと馬鹿でいいや。なにもわかってないわからない馬鹿になろう、名前も顔も覚えられなくて重要な所だけ本当に聞こえなくても馬鹿だからってしよう。馬鹿だから怖くない。馬鹿だから大丈夫、どんなこともたいしたことじゃない馬鹿だから。大丈夫やってないことも馬鹿だから覚えてないだけ、上司のやった事じゃない自分が馬鹿だからか気付いてなかったから自分が起こられてるだけ、馬鹿だから大丈夫。』

 ―――とのことである。酷いにも程があるため割愛させて頂くが。

 これまで物覚えが悪いと思っていた事は、教育自体されていなかった。

 ふざけているのかと思っていた人物や伝令会議の内容に聞き返しは心因性の障害。

 ミスの半分以上は先輩や上司の失敗の擦り付け。

 そしてそれらを切欠とした境遇と対応が完全にハラスメントのオンパレード。


 ――これでは感動の再会どころではない。

 忘れかけていた此方の世界での我らの罪全てが彼女によって晒されている。

 良くぞあの修羅場集団号泣現場でパニックを起こし泣き叫ばなかったものだと感心すら覚える所業。

 何が嫌って、誰の【能力】を使っても全てが事実であり、当時我らには悪意が微塵もなく擦り付け等も本当に彼女のミスと思っていたことだ。


 彼女を引き連れ応接間にて、御茶と茶菓子を出してリラックスするように伝えるが完全に委縮してしまっていた。

 何かミスをしたという思い込みの誤解は解けていないので当たり前である。

 記憶がない彼女に真実は伝えようもなく、あれほどの賛辞ならぬ惨事が起こるほどに〈転移〉前の彼女は優秀だという認識が構内にあったわけでは無い。

 結果、必死に濁し誤魔化しながら応接間内に生成系の【能力】で出した〈沈静と忘却〉の香を焚き、落ち着かせて惨事の事実をなかったことにした。

 茶とお菓子を楽しむようにと誘導系の【能力】をかけて、彼女を除く全員で会議をすることとなったのだ。


 尚、会議では過去の自分たちの罪と、隠された彼女の優秀さが顕わとなり全員が地に伏せる結果となった。


 彼女の給与は慰謝料込みで10倍になった。表向きは事業大成功の結果となっている。


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