せめて悪霊が聖徳太子だったなら その2

「モモタロウさん、やはり……」

「あぁ。やはりホシは今、この寝室にいる」


件の魔祓師エクソシストシスターアンヌと陰陽師モモタロウさん。

二人は特別何かに巻き込まれることもなく、スムーズに除霊へ取り掛かれたようです。


十二天将じゅうにてんしょうよ、ここに巣食う魔を顕現させよ! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


『ウ、ア、ア、ア、ア……、ヴァアァァアアアアァアアァァァッ!!』


「……出たわね」

「ま、そこそこの獲物だな」


現れた悪霊も凶悪ではあります。が、お二人(いや、どちらか一方でも)の手に掛かれば、ちょっと大きい野生動物みたいな魔族と大差ないレベルの存在だったご様子。


はい。ここまで聞いたかぎり、なんら障害はなさそうだったのですが……。



 ところで皆さん。モモタロウさんが元いた世界の『お経』や、アンヌさんが追放されたフランジュール王国国教の『聖句』についてどの程度ご存じですか?

『強者は魔法など無詠唱!』が界隈の常識、本ギルドにもそういう冒険者さまは多数いらっしゃいます。

しかし、除霊においては少し違うそうなのです。


なんでも詠唱のような『魔力コントロールの補助』ではなく『文章そのものに意味があり、そこに祓う力がある』そうで。

つまりこの場合は、が炎魔法で出てくる火の玉であり、魔法と同じように省略してしまうのは『火を起こす手間を簡略化するのと、最初から火を起こそうとしていない』くらい違うそうです。

分かりますか? 私 は よ く 分 か り ま せ ん で し た。


とにかく、省略したら何も残らないってことらしいです。で、悪霊はこの言葉を聞くこと自体にダメージを受けるそうです。

結果……



「では除霊を始めましょう!」

「よしきた!」

「『天に我らが神の御名において』……」

「『オン ソンバ ニソンバ ウン』……」


『アオオオォォオオオオォォォォォ……』


「『……父と子と精霊の導きによりて、天界へ召されよ』!」

「『……ウン バザラ ウンパッタ』!」


『カアアアァァァァァアアァ……』


「……」

「……」


『ムオオオアアァァ……』


「……効いてなくないですか?」

「……そのようだな」

「おかしいな? まぁいいでしょう! もう一回! 『『天にまします我らが神の御名において』……」

「『オン ソンバ ニソンバ ウン』……」


しかし、何度繰り返しても、


『ヒュオオオオォォォォホホホホ……』


「まったく効いていない⁉︎」

「なぜだ⁉︎」


除霊できるどころか、苦しませることも怒らせる程度にもなりません。


そりゃそうです。だって、さっき言ったとおり除霊は『文章そのものが悪霊にダメージを与える』んですから。

そして二人は同時に詠唱。もうお分かりですね? つまり悪霊にはこんなふうに聞こえるわけです。



「『天ソンバす我らンバの御名ザラ……』」



はい。もう意味不明です。悪霊も何聞かされているのか分かりません。これでは祓えるものも祓えませんね。



 ではこれで一昼夜かけても除霊できない長丁場になったのか? というと、それだけではないみたいなのです。

お二人とも流石に超一流のチート除霊屋、そんなことにはすぐお気付きになられたそうな。

問題は……


「きっと私たちの聖句が被って形を失っているのです。ここは私が祓いますので任せてください」

「いや、君のはどちらかというと悪魔系を祓うのが本筋だろう。不得手な悪霊は私に任せたまえ」

「は? 天にまします我らが神に、不得手などというものはありませんよ? そもそもあなたは異世界からの転生者なのでしょう? この世界の悪霊にはこの世界の神の力が効くに決まっているでしょう」

「……これだから一神教は。元いた世界でもそうだったが、彼らはとにかく全能感が肥大して、他の宗教を排除しようとする」

「今、父なる神の悪口をおっしゃいましたか?」

「……」

「……」



「ここは私が神の御名にかけて祓います! あなたはいてください!」

「長い歴史を誇る陰陽師のプライド! 偉大なる師匠の教え! 引き下がるわけにはいかんな!」

「『天にまします我らが神の御名において』‼︎」

「『オン ソンバ ニソンバ ウン』‼︎」


『……』



 はい。二人とも、問題が分かったうえで、そのまま平行線に同じことを続けてしまったらしいのです。

両者ともエキスパートとしてのプライドや、デリケートな宗教観がありますからね。些細なことから、敵は悪霊ではなくお互いとなってしまったようです。はぁ……。






「すいませんでした! 今すぐ別の人材を派遣しますので、どうかもう少しだけお待ちを‼︎」


えぇ。もう平謝りですよ。依頼人を前に、額をカウンターへ擦り付けましたよね。

その後向かわせた冒険者さまが『スキル:鎮静』で仲裁してくださったので、クエスト自体は無事終了しましたが、



「宗教関係はデリケートだから気を付けなさいっていつも言ってるでしょ」



私のマネジメントミスということで、オーナーからガッツリ叱責とボーナスカットを賜りましたとさ。






『本日の申し送り:同じ道の、アプローチが違うエキスパート同士を組ませてはならない。   モノノ・アワレー』






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