『にんげんだもん』ものを その2
「いたぞ」
畑から伸びている足跡を追って、一行はついに魔物の群れを発見しました。今は茂みの中から様子を窺っているところ。
デカいイノシシみたいなのが四匹。基本群れる生物ではないので、珍しいことです。おそらく個別で畑を荒らしに来るうち、何度かバッタリ顔を合わせていつメンみたいになったのでしょう。
「じゃあさっそく仕掛けるか」
マルカントニオさんが小声で確認を取ると、ガリオさんも頷きます。
「そうだな。私とマル氏は向かって左から切り掛かる。坊やは右へ逃げようとする奴を順次仕留めるといい」
「はっ、はっ、はいっ!」
ここでは相変わらずテンパりながらも、元気よく返事をしたトラノスケさんなのですが……。
「でやぁっ!」
「来世は罪なき魂へ生まれ変わりたもう!」
さすがベテランのお二人。左手から飛び掛かるなり、各々一体ずつ魔物を仕留めます。目にも止まらぬ
そんなマタギ談義より、突然の襲撃に慌てた魔物二匹が右側へ逃げ出します。計画通りですね。
「今だっ!」
マルカントニオさんもチャンス到来と声を張り上げますが、
「……ん?」
「坊や?」
何秒待っても、矢の一本すら飛んできません。
お二人が後ろを振り返ると、そこには矢こそ
「どうしたっ!」
「あっ、あっ、あっ……」
「マル氏!」
「おっ、おうっ!」
そうこうしている間にも魔物は遠ざかってしまう。とりあえずお二人は標的を仕留めることを優先しました。
さすがのお二人ですから難なく魔物を仕留めたところで、ようやくトラノスケさんに話を聞くことに。
「いったい何があった。どうして矢を射たなかった」
「緊張で体が強張ったかね」
マルカントニオさんもガリオさんも、責める気はないので、努めて優しい声を出します。が、
「す、すいませんっ! 僕には無理ですぅっ‼︎」
トラノスケさんは縮み上がって首を左右へ。
「お、おい」
「無理ですっ! 僕には生き物を殺すなんて!」
かと思えば今度は一転、力なく
「分かってはいるんです……! 人間が食べているご飯だって生き物の命で、それを差し置いて『殺せない』はエゴだって……!」
「なんだか話が膨らんでいってないか?」
「元いた世界でもマタギさんが危険なクマを撃ったりして、でもそれは悪いことじゃないって……! でも僕には無理です! アリも踏まないように生きてきたのに!」
振り子が帰ってくるように取り乱し始めるトラノスケさん。マルカントニオさんもなんとか宥めようとします。
「そんなことを言ってもだな……。ほら、君も蚊を叩いたりするだろう? その延長的な……」
「でもさすがに、こんな大きな生き物! 鳴き声もするし血も出るし!」
「君……」
すると説得を続けようとするマルカントニオさんの肩へ、ガリオさんが手を置いて制しました。
「マル氏よ。これ以上突っ込むな。その辺りを拡大解釈していくと、『命は平等か』や『人を殺すことの是非』になりかねん。面倒な話題だ。それに何より、こればっかりは生きてきた環境、文化、思想の違いでもある。他人がやいのやいの言ったとて、解決する問題ではない」
「うむ……」
さすが宗教関係の偉い人でもあるガリオさん。そういうのの違いには鋭いようです。
「……なるほど」
「心優しく育ったんだろうな。あれはこの仕事、苦労するぞ? 血を見ないクエストもあるが、稼ぎは少ないし。あ、血抜きした魔物肉あるんだけど、モノノちゃん食べるか?」
「持って帰ってくる途中で腐ったりしてませんか?」
まぁゆるい仕事も、数こなせば食べていくのに困りませんが。ウチは報酬の金払いがいい方なので。
それより問題はメンタルの方ですよね。ショックが大きすぎて、冒険者業即ギブアップにならなければいいのですが。
でも、うん、仕方ないことですよね。転生者さんを多く相手しているので分かりますが、皆さん大抵は平和で文明レベルの高い世界で暮らしてこられました。
そういう肉体より頭脳で生きる構造の社会で育った虫も殺せない青年が、転生したチートスキルもらったで、急に魔物や戦争してる兵士をバンバン殺せるようになる方がおかしいんです。倫理観壊れてます。
なんなら野生動物なんか慣れてないでしょうし。もし今回魔物がトラノスケさんの方へ突進してきたら、きっと足が
それから私が魔物肉でお腹壊したり同じもの食べたトニコは平気だったりしながらも、なんとかトラノスケさんを慣れさせていこうとマネジメントしていたのですが……。
うまくいかない結果を繰り返しているうちに、とうとう本人から直接「派遣するクエストに配慮してほしい」と言われてしまったのでした。
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