『にんげんだもん』ものを その1

「モノノちゃん、ちょっといいかな?」

「あっ、はい」


カウンターで冒険者さまにお出しする予定の新作惣菜挟みサンドイッチを味見(めちゃマズい)していると、オーナーが声を掛けてきました。珍しく二階へ続く階段からではなく、正面から。

こういう時は大抵、


「そちらの、隣におられる方が?」

「そうそう」


オーナーの右斜め一歩後ろ、いかにも緊張した様子で強張こわばる好青年が。



「彼が新しくスカウトしてきた転生者」



「お、オバタトラノスケです! よろしくお願いします!」

「トラノスケさん、ですね。私はモノノ・アワレーです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「はい!」


あいさつが終わったところで、オーナーは階段の一段目に足を掛けます。


「じゃあトラノスケくん。ギルドでのことは基本的に、彼女がお世話してくれるからね。仲良くしてね。モノノちゃん、あとは頼んだよ〜」

「はーい」


自分でスカウトしてきたのに丸投げなのは、いつものこと。気にせず自分の役割をこなしましょう。


「では早速、冒険者としての登録をいたしますので、質問にお答えくださいね?」

「はい!」


トラノスケさん、ちょっとテンパってそうなのも含めて本当に素直な感じ。まさに心優しく穏やかな好青年ど真ん中、といったところ。

私の質問にも一所懸命に答えてくださり、話が弾んで語ってくださいました。


転生のきっかけは、木に登って降りられなくなった猫を助けようとして引っ掻かれ、頭から落ちて後頭部打破したこと。

実は転生して数日しか経っていないので、まだこの世界のことは右も左も分からないということ(オーナーはそんな転生者さんを、いったいどうやって嗅ぎ付けてくるんでしょうね?)。

運動神経ダメダメな自分が冒険者なんかやっていけるのか、正直不安だということ。


転生に際して手に入れたスキルは、飛び道具が百発百中するということ。


「らしい?」

「はい。実はまだ試してないんで、本当のところは分からないんです」

「そ、そうですか」


オーナー、スカウトするならそれくらいは確認してきなさいよ……。給料払うのおまえなんだぞ? それでクエストに放り込まれて、命張るのはなんだぞ?

言ったところで、あの馬ヅラヒゲは改心しないでしょうけど。


「じゃあ、ちょっと外出て試してみますか? 軽く石投げたり、弓矢借りてってみたり」

「投げるなんて、小学校のドッジボールでもやったことないなぁ……」

「……育ちがよろしいんですね」


まぁ転生してチートスキルをもらう前の人生はヒョロヒョロな方、珍しくありません。それでも皆さん活躍なさるんだから、気にしない気にしない。


それに実際にやってもらったら、ちゃんとスキルは発動してましたから。彼の肩じゃ明らかに届かない距離でキャッチボールできましたし。



 こうしてその日は、自宅がない冒険者さま用の宿舎へ案内して、何事もなく終わったのでした。






 数日後。


「さぁ、トラノスケさん! もっとと! 胸張って!」

「うへあぁ……」


ついに彼のクエストデビューの日がやってまいりました。内容は当ギルドじゃで楽な方の、『畑を荒らす魔物の群れを討伐する』というもの。


「きき、緊張するなぁ……」

「大丈夫です! あなたのスキルなら、遠くから適当に弓射ってりゃ終わります! それに」


弓を握り締めたトラノスケさんの横には、歴戦のおじさん戦士マルカントニオさんとドルイド(なんか異世界の宗教的何からしいです)剣士ガリオさん。


「ベテラン冒険者さまお二人に同行してもらいますから、絶対に大丈夫! 私を信じて!」

「は、はぁ……。頑張ってみます」


私の励ましでになってくれたようです。さっすが私、この短期間で深い信頼関係を築けている。

こうして私は彼を出発させることに成功、初めてのおつか……クエストへ赴く背中を見送ったのです。






 ご一行がお帰りになったのは、その日の夕方くらいでした。怪我もなく無事なご様子で、目的も難なく達成したようです。


「お疲れさまです!」

「あぁ、うん」


しかしなんだか、マルカントニオさんの返事は少し冴えません。


「? どうかなさいましたか?」


すると彼はカウンターへ肘を突いて、私へ耳打ちするように切り出しました。


「新入りの彼、大丈夫なのか?」

「えっ⁉︎ トラノスケさんが何か問題でも⁉︎」

「まぁねぇ……」


マルカントニオさんは、少し離れた位置で疲れたように座っているトラノスケさんを、チラリと見遣みやります。


「やっぱり緊張して、うまくできませんでしたか?」

「そういう……問題じゃなさそうだな。いや、慣れの問題っちゃあ慣れの問題だけど」

「真面目な好青年なんですけどねぇ」

「そこなんだよ」


マルカントニオさんが人差し指を立てます。



「彼、人が良すぎるんだよ」

「良すぎ?」

「そう」



それはいったいどういうことなのか。

マルカントニオさんによると、どうやらことの顛末はこういうことだったそうなのです……。

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