『にんげんだもん』ものを その3

 血を見るようなクエストはやらない、それ自体は別にいいんです。なんなら普通の欲求で、それを蔑むような方も当ギルドにはいらっしゃいません。『時代はスローライフなんだ! あんまりクエスト回さないでくれよな!』とおっしゃる方も多いです。


問題なのは、異世界からやってきたトラノスケさんが、初手挫折を挽回することなく終わってしまいそうなこと。

「この世界に馴染めなかった」「自分はうまくやれなかった」と心折れたまま生きていくことになるかもしれない、ということ。


でもこればっかりは本人の問題ですし、私にはどうにも。

それに誰だって、一生思い出す挫折の一つや二つくらい抱えているものですから、嫌がる本人を苦しめてまで克服させるのも違う話です。

何より、


「行ってきまーす!」

「行ってらっしゃーい」


本人は幸せそうだし、誰にも迷惑かけてない。折に触れて「俺はあの時……」となりながらも、なんとか頑張っていけるんじゃないか、と思うのでした。


ちなみに彼の百発百中が平和なクエストでどのように活かされるのかというと、投げ縄や投げナイフで普通じゃ届かない位置にある山菜とか落として採るらしいです。


なのでこれも、そんなクエストの最中に起きたことでした。






「それじゃお兄ちゃん、よろしくお願いします」

「よろしく」


今回トラノスケさんが向かったクエストの依頼人は、なんと幼い少女でした。


「今日はもう遅いから、明日にしなさい。夜の登山は危ないし、魔物も起きだすから……ゲホッ、ゲホッ」

「お母さん! ダメだよ起きてきちゃあ!」


彼女の母親は肺の病気に罹っており、特効薬となる特別な薬草が必要なのだそうです。しかしその薬草、買うには値段が高く、採るには断崖絶壁を登らなければなりません。母子家庭の少女ではどうしようもない、運命のイタズラなのでした。


そこで彼女はのお小遣いで、当ギルドへクエスト依頼を出したのです。

当然報酬なんて雀の涙な案件。普段なら実入りがないとスルーされがちな存在。しかし今回はちょうど、報酬より牧歌的クエストを喜ぶトラノスケさんがおられた。もしかしたら天の配剤だったのかもしれません。


「じゃあ明日に備えて、晩御飯食べましょ」

「えっ?」


少女はテーブルにテキパキと皿を並べ始めました。

トラノスケさんの分まで。

しかし彼も、この家族が苦しい中で生活してることは、前もって聞いています。


「いやいや、いいよ、悪いよ。僕は外で何か食べてくるから!」

「いいの、いいの。気にしないで。むしろお母さんのために頑張ってくれる人に、ご飯も出さないなんてバチが当たっちゃうよ」


そうは言うものの、持ってこられた鍋の中は具が入っていないポタージュ。彼女はトラノスケさんに貧者の一灯を差し出すどころか、


「その、確かにこんなの食べるより、外に出た方がいいかもしれないけど……」


彼のことを気遣う素振そぶりまで見せます。

なんて心優しい少女なんだ……! トラノスケさんは震えるほどの感動を覚えたそうです。


「そんなことないよ。ぜひ、いただくね」

「本当⁉︎ じゃあ、たくさん食べてね!」


のちに振り返って曰く、母以外の手料理をこんなに美味しく感じたのは初めてだったそうですよ。






 翌日。


「お母さん! やっと体よくなるんだよ!」

「ごめんね、迷惑かけて……」

「そんなこと言わないで!」


天気も晴れで絶好のハイキング日和。少女とトラノスケさんも出発するところ。ちょうど今は玄関先で、親子が興奮と不安を分け合っています。


「なにぶん山の中ですから……。冒険者さん、どうか娘をお願いします、お願いします……」

「安心してください、お母さん。僕が決して危ない目には遭わせません」


胸を張るトラノスケさん。


(こんなに母親思いの優しい子なんだ。必ず願いを叶えて、無事に帰してあげなきゃならない!)


たとえ誰に頼まれずとも、心に強く誓ったのでした。






「あっ! あった! あれです! あれ!」

「あー……、確かに、なんか……、大根の葉っぱみたいなのが生えてる……」

「大丈夫?」


インドア派トラノスケさんが力尽きる前に、なんとか二人は薬草を見つけることができました。

山の途中に突如現れた断崖。その壁面の上から三分の一くらいに、緑の風に揺れるものが点在しています。


「私じゃあそこまで登れない……」

「大丈夫、登らなくていいんだ。僕に任せて」


息を整えたトラノスケさん。背負ったリュックから麻雀牌セットみたいな大きさのケースを取り出します。


雀荘経営してる転生者さんがおられるんですが、麻雀っておもしろいですよね! ローン! って! 一気通貫いっきつうかんが好きです。

えっ、そういうのはいいから話を進めろって? はぁい。


ケースに入っていたのはナイフセット。トラノスケさんは一本取り出すと、


「ていっ!」


投擲! さすればスキルで百発百中、ナイフは薬草の一房を根本からサクッと切り取りました。そして薬草はポサッと少女の手の中へ。


「うわぁ! やったぁ!」

「よかったね。じゃあ帰ろうか」


踊るように少女。たとえ派手なクエストでなくても、確かに誰かの救いになる。そんなを噛み締めながら、トラノスケさんはナイフに付けていた糸を引っ張ってナイフを回収します。


しかしその、少し目を離した隙に、



「きゃあああああ‼︎」



ような少女の悲鳴が!


「どうしたっ⁉︎」


トラノスケさんが慌てて振り返ると、そこには腰を抜かした少女と



その数メートル先、本来夜に起き出してくるはずの魔物の姿が。

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