第5話 別の世界と言い伝え

 着替えを終えた晴斗はるとは、隣の部屋へ向かう。そして外から声をかけた。すると、「はーい」と返事があったので中に入ることにする。

 部屋の中に入ると、そこにはレインの他に一人の男性がいた。おそらく父親なのだろうと思った晴斗は、挨拶あいさつをすることにした。


「あの、はじめまして。晴斗といいます」


 ぺこりとお辞儀をすると、男性はにこやかに微笑んでくれた。


「ああ、君がハルト君だね。話は聞いているよ」


 晴斗がきょとんとしていると、隣にいたレインが説明してくれた。話によると、晴斗が着替えている間に事情を話してくれたらしい。


「僕はレインの父、ラウディだ。よろしくね」


 そう言って差し出された手を、晴斗はおずおずと握り返した。その手はとても温かく、安心感を与えてくれるものだった。自然と笑みが浮かぶ。


「それで、ハルト君は『白雨はくうの森』にいたみたいだけど……子どもだけであんな場所にいるのは危険だよ? どうしてあんなところにいたのか、教えてくれないかい?」


 その言葉に、晴斗の表情が曇る。なんと答えればいいのかわからなかったのだ。山道を進んでいたら迷ってしまい、帰り道がわからなくなった挙句に雨に降られて帰れなくなってしまった……などと正直に話せば、笑われるか怒られるかのどちらかだろうと思ったのだ。

 黙り込んでしまった晴斗を見て、レインが助け船を出すように言った。


「お父さん、ハルトくんは『ニホン』っていうところから来たんだって。だから、よくわからないみたい」


 それを聞いて、ラウディは驚いたような顔をした後で考え込むような表情になる。しばらく黙り込んでいたが、やがて口を開いた。


「……僕にも聞いたことのない場所だ。そうなると、こことは別の世界から来たのかもしれないな……」


 その発言を聞いて、晴斗はますます困惑してしまった。別の世界だなんて言われても実感がわかないからだ。むしろ冗談を言っているのではないかと思ってしまうほどだった。しかし、目の前の二人が真剣な表情をしていることからも本当のことなのだとわかると、それ以上何も言えなくなってしまう。

 そんな晴斗を見て、ラウディはさらに続けた。


「とにかく、今日はもう遅いから泊まっていくといい。雨も止まないようだし、どのみち帰れないだろうからね」

「……はい」


 確かにその通りだと思い、晴斗は小さくうなづくしかなかった。


◆◆◆


 翌日、目を覚ました晴斗は大きく伸びをしていた。窓の外を見ると、まだ雨が降っていることがわかったためガッカリしてしまう。それを見て苦笑いを浮かべたのは、部屋に入ってきたレインだった。


「おはようハルトくん。今日も雨みたいね……」


 その言葉を聞いた瞬間、一気に気分が沈んでしまうのを感じた。やっぱり自分は雨男なんだと改めて思い知らされたような気分だったからだ。

 そんな晴斗の様子を察したのか、レインは慌ててフォローを入れるように言った。


「大丈夫だよ! この街はもともと雨がよく降るけど、きっとすぐ止むと思うから!」


 その言葉を聞いても元気が出ない様子の晴斗を見かねたのか、ラウディも声をかけてきた。


「まあまあ、そんなに落ち込むことはないさ。それよりも、朝食ができたから一緒に食べようじゃないか」


 そう言われたので、二人はリビングへ向かうことになった。テーブルにはすでに料理が並べられていて、美味しそうな匂いが漂ってくるのがわかると、途端にお腹が空いてくる。晴斗はいそいそと席に着くと、早速食べ始めた。

 メニューはパンとスープというシンプルなものだったが、それでも美味しく感じられた。夢中で食べていると、あっという間に平らげてしまったほどだ。



 食事を終えると、三人は今後のことについて話し合うことにした。まず最初に切り出したのはラウディだった。


「さて、これからどうするかだが……行く当てがないなら、しばらくここに居ても構わないよ」

「いいんですか!?」


 思わぬ提案に驚いていると、彼は微笑みながら頷いた。


「もちろんだとも。困っている人を見捨てるわけにはいかないからね」

「うんうん、そうだよ!」


 レインも同意するように何度も頷いていた。そんな彼女を見ていると、晴斗はなんだかくすぐったい気持ちになってしまうのだった。それから三人で話し合いを続けていき、しばらくはこの家でお世話になることに決まった。そして、帰る方法も探してもらえることになった。


 それから雑談を続けていたのだが、ふと思い出したようにラウディが切り出してきた。


「そういえば、ハルト君は森で迷っていたそうだけど……何か目的でもあったのかい?」


 その質問に、晴斗は一瞬迷ったものの素直に答えることにした。この二人になら話しても問題ないだろうと思ったからだ。それに、誰かに聞いてもらいたいという気持ちもあったのかもしれない。


「実は俺、『天気を操れる石』を探してたんです」


 そう言うと、二人は驚いたような顔になった。だが、それは意外なことを聞いたという感じではなく、むしろ心当たりがあるかのような反応だった。晴斗が不思議に思っていると、ラウディが口を開く。


「天気を操れる石……もしかして『気象石きしょうせき』のことかな?」

「気象石……!」


 聞いたこともない名前だったが、それが探し求めているものと同じであることは直感的にわかった。晴斗は大きく目を見開くと、身を乗り出して尋ねた。


「それです! どこにあるんですか!?」


 勢い余ってテーブルに身を乗り出す形になってしまったので、危うくコップを倒しそうになるところだった。慌てて体勢を整えると、再び尋ねる。


「教えてください!」


 しかし、ラウディは少し困ったような顔をすると言った。


「うーん……すまないが、場所はわからないんだ」

「えっ?」


 予想外の返答に、晴斗は困惑した表情を浮かべる。てっきり知っていると思っていただけにショックだったのだ。

 だが、ラウディはすぐに言葉を続けてくれた。


「ただ、この街のどこかにあることは間違いないと思うよ。昔からある言い伝えだからね。……でも、もし見つけたとしても絶対に持ち出したり、むやみに使ったりしてはダメだ」

「どうしてですか?」


 聞き返すと、彼は真剣な眼差しを向けてきた。その瞳には有無を言わせぬ迫力があって、晴斗は思わず息をのんでしまう。


「その石は、天気の神様が作り出したものだからだよ。人間が使っていいものではないんだ。だから、決して悪用してはいけないよ」

「……わかりました」


 気圧されたように返事をすると、ラウディは優しく微笑んでくれた。だが、晴斗は内心では納得できていなかった。


(なんだよ、使っちゃいけないのかよ……天気の神様とか、意味わかんねえし……)


 そう思ったものの口には出さず、晴斗はモヤモヤとした気分のまま黙り込むしかなかったのだった。

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雨男ハルトと気象石の怒り 夜桜くらは @corone2121

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