第3話 すれ違う2人と石の噂

 午後の授業が始まっても、晴斗はるとはずっと上の空だった。教師の声は耳に入らず、ぼんやりと窓の外を眺めるばかりだ。

 たまに、友樹ともきの方を見てみるものの、彼は相変わらず無表情のまま黒板を見つめていた。


(なんなんだよ……友樹、全然こっち見ないし……)


 晴斗は心の中で文句を言う。いつもなら、ノートの端に書いた落書きを見せ合ったり、こっそり話したりするのだが、今日はそれもできないままだ。



 そんなことをしているうちに授業が終わった。号令が終わると、生徒たちは一斉に帰り支度を始める。

 そんな中、友樹は急いでランドセルに荷物を詰め込んでいた。そして、逃げるように教室から出て行こうとする。晴斗は慌てて呼び止めた。


「おい、ちょっと待てよ!」


 その声に、友樹はビクリと肩を震わせた。恐る恐るこちらを振り返り、怯えたような目でこちらを見ている。


「な、何……?」


 友樹は小さな声で返事をすると、そのまま立ち去ろうとする。晴斗は再び呼びかけた。


「待てってば!!」


 今度は先ほどよりも大きな声で言う。すると、友樹は渋々といった様子で立ち止まった。そして、おずおずと振り返る。


「えっと……どうしたの?」

「どうしたのじゃねぇよ。なんで逃げようとするんだよ」


 晴斗の言葉に、友樹は困ったようにうつむいた。それから、しばらく沈黙が続いた後、ようやく口を開く。


「ご、ごめん……僕、ちょっと用事があるから……」


 そう言って、逃げるように去ろうとする友樹の腕を、晴斗は咄嗟とっさにつかんだ。


「待てよ! 逃げるなって!」


 友樹は驚いたように目を見開くと、困惑した表情でこちらを見る。晴斗は苛立ちをぶつけるように叫んだ。


「なんで避けるんだよ!? 俺、なんか悪いことしたか!?」


 その言葉を聞いて、友樹は少しムッとしたような顔をする。そして、顔を背けるようにして呟いた。


「……そういうところが……」

「なに?」


 聞き取れなくて聞き返すと、友樹はハッと我に返ったように首を振った。そして、誤魔化すように言う。


「ううん、なんでもないよ……それよりさ、離してくれないかな」


 そう言われて初めて、晴斗は自分がまだ彼の腕をつかんだままだったことに気づく。慌てて手を離した。


「……わ、悪い」


 なぜか気まずくなってしまい、それ以上何も言えなくなってしまう。気まずい沈黙が流れる中、先に口を開いたのは友樹だった。


「き、昨日も言ったけどさ……晴斗は……そう、雨男だから……」

「だからなんだよ?」


 晴斗は苛立った口調で返す。友樹はビクッと肩を震わせた後、言いづらそうに続けた。


「だ、だから……雨男の晴斗と一緒にいたら、困るっていうか……」


 それを聞いた瞬間、カッと頭に血が上るのを感じた。気がつくと、大声で怒鳴っていた。


「なんだよそれ!! ふざけんなよっ!!」


 突然怒鳴ったことで、友樹も驚いているようだった。目を丸くしながらこちらを見つめている。晴斗はそれでも構わずに続けた。


「俺が雨男だからってなんだよ!? なんで一緒に遊んじゃいけないんだよっ!!」

「だ、だって……晴斗といると、僕が……」


 友樹は何かを言いかけたが、途中で黙り込んでしまう。その表情は悲しげで、今にも泣き出しそうだった。それを見て、晴斗はますます腹が立ってくる。


「なんだよその顔!? なんでそんな顔するんだよ!? 意味わかんねぇよ!!」


 晴斗は叫ぶように言った。すると、横から別の声が割り込んでくる。俊也しゅんやの声だ。


「まあまあ、落ち着けって二人とも」


 そう言うと、二人の間に割って入るようにして話しかけてくる。


「なあ晴斗、とりあえず今日のところは帰ろうぜ? 友樹も困ってるみたいだしさ」


 その言葉に、晴斗はハッとした。そして、気まずそうに目を逸らす。確かに、俊也の言う通りかもしれないと思ったからだ。


「……わかったよ」


 しぶしぶうなづくと、ランドセルを背負って歩き出す。その後ろから俊也がついて来ていたが、晴斗は何も言わなかった。



 下駄箱まで行くと、靴を履き替えて外に出る。外はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうな様子だった。

 校門を出たところで、俊也が言った。


「なぁ晴斗……友樹から、なんて言われたんだ? どうしてあんなに怒ってたんだ?」


 晴斗は一瞬迷った後、正直に話すことにした。先ほどは関係ないと振り切ってしまったが、一人で抱え込んでいるよりは楽になるかもしれないと思ったのだ。


「それがさ……友樹は、俺が雨男だから一緒にいたくないんだってさ」


 それを聞くと、俊也は驚いたような顔をした後で苦笑いを浮かべる。


「なるほどな……まあ、たしかに晴斗は雨男かもしれないな。だけど、それが原因ってことはないだろ?」


 晴斗は首を横に振る。


「いや、きっとそうなんだと思う……そうじゃなかったら、急に避けたりするわけないじゃん」

「うーん……そうかぁ? ……まぁ、いいか」


 俊也は納得していない様子だったが、ひとまず置いておくことにしたらしい。しばらく黙って歩いていたが、やがて思い出したように口を開く。


「そういや、雨といえば……『天気を操れる石』って知ってるか?」


 晴斗は首を傾げた。聞き覚えのない言葉だったからだ。


「なにそれ? ゲームの話?」

「ちげーよ! 都市伝説だよ!『天気を操れる石』ってのは、裏山のどっかにあるらしいんだけど……それを手に入れると、自分の思い通りに天気を変えられるらしいぜ」


 それを聞いて、晴斗の表情がパッと明るくなる。


「マジで!? そんなの本当にあんのかよ!?」


 思わず興奮してしまい、前のめりになって聞き返した。すると、俊也は得意げな顔になる。


「マジだよ! 俺も噂でしか聞いたことないけどさぁ……でも、もし見つけたらすげぇよなぁ」

「ああ、すげーよな! ……あっ、それがあれば、雨男だとか言われることもないかもな!」

「ははっ、それはどうだろーな?」


 俊也はそう言って笑う。しかし、晴斗にとっては重要な問題だった。


「なぁ、今から探しに行こうぜ!」


 俊也の腕をつかんで引っ張ると、彼は困ったような表情を浮かべた。


「えぇ……? 俺は嫌だよ……雨降りそうだし、早く帰った方がいいだろ」


 俊也のもっともな意見に、晴斗は不満そうに唇を尖らせる。


「なんだよ、つまんねーやつ……あ、そうだ! じゃあ、俺一人で行ってくるわ」

「えっ? いや、やめとけよ。危ないぞ? それに、本当にあるかどうかもわからないんだからさ……」

「そんなの行ってみなきゃわかんないじゃん! 大丈夫だって、危なくなったらすぐ帰るからさ!」


 晴斗はそう言うと、俊也が止めるのも聞かずに走り出した。後ろで俊也が何か言っているような気がしたが、無視して走り続ける。


(本当にそんな石があったら最高だな……!)


 期待に胸を膨らませながら、晴斗は裏山への道を急いだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る