第2話 モヤモヤは晴れない

 次の日、晴斗はるとは寝坊してしまった。慌てて飛び起き、支度したくをしながら母親に言う。


「お母さん、なんで起こしてくれなかったんだよ!?」

「起こしたわよ。でも、晴斗が起きないんじゃない」

「だからってさぁ……ああもう、遅刻する!」


 晴斗はドタバタと慌ただしく玄関へ向かう。そして、ランドセルを背負って家を飛び出した。


◆◆◆


 学校へ着いたのはギリギリの時間だった。チャイムが鳴る寸前に教室に飛び込んだ晴斗は、クラスメイトたちから注目を浴びてしまった。担任の先生からも注意されてしまい、晴斗は恥ずかしくてたまらなかった。


「まったく、晴斗くんたら……もっと時間に余裕を持って登校しなさいね?」

「はい……すみません」


 先生に怒られ、晴斗はしゅんとする。そして、席に着くと、隣の席の友樹ともきと目が合った。


「あ……」


 友樹は気まずそうに目を逸らす。それを見た晴斗は、胸がモヤモヤとした気分になった。


(なんだよ、友樹のやつ……昨日のこと、謝りもしないのかよ)


 晴斗はイライラする気持ちを抑えながら、教科書を取り出す。しかし、その動作もどこか乱暴になっていた。



 昼休みになると、友樹は逃げるように図書室へ行ってしまった。それを横目で見ていた晴斗は、ますますイライラをつのらせる。


(なんなんだよ……なんで俺を避けるんだよ!?)


 晴斗は荒々しく椅子を引くと、ガタンと音を立てて座り、机に突っ伏した。

 クラスメイトたちは、その様子を遠巻きに見つめている。普段から言動が大きい晴斗だったが、今日は特にそれが目立っていた。みんな怖がっているのか、誰も声をかけようとしなかった。


(くそっ……なんだよ、みんなして俺のこと見て……バカにしてんのか?)


 晴斗はちらりと周囲を見渡す。しかし、目が合うとすぐに逸らされてしまった。


(なんだよ……なんでそんな目で俺を見るんだよ……)


 なんだか居心地が悪くなり、晴斗は席を立った。そして、教室を出ようと歩き出す。その瞬間、背後から声をかけられた。


「晴斗、どこ行くんだ?」


 振り返ると、俊也しゅんやが立っていた。どうやら、晴斗を追いかけてきたらしい。


「別に、どこでもいいだろ」


 晴斗は素っ気なく答えると、再び歩き出そうとする。しかし、俊也はそれを止めるように言った。


「待てよ、友樹のところに行くつもりなのか?」


 その言葉に、晴斗は思わず足を止めた。


「……だったら何だよ?」


 晴斗は振り返らずに答える。すると、俊也は言い聞かせるような口調で言った。


「やめとけ。友樹だって、何か理由があってあんなことしたんだろうし……お前も、少し頭を冷やした方がいいんじゃないか?」


 それを聞いて、晴斗はますます不機嫌になる。


「うるさいな! なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」


 声を荒げて叫ぶように言うと、俊也は困ったような顔をした。


「それは……とにかく、お前が怒る気持ちもわかるけど、今はやめておけって言ってるんだ」

「だから何でだよ! 俺はただ、友樹と遊びたいだけなのに……どうして邪魔するんだよっ!」


 晴斗は拳を握りしめると、力任せに机を叩いた。ドンッという大きな音が響き渡る。その音に驚いたのか、クラスメイトたちがビクッと肩を震わせたのがわかった。


「晴斗、落ち着けって」

「落ち着いてられるかよ! 大体、お前は関係ないだろ! もうほっとけよ!」


 晴斗はそう言って、教室を出て行ってしまった。残された俊也は、困ったように頭をいていた。


◆◆◆


(くそっ……!)


 廊下を歩きながら、晴斗はイライラしていた。すれ違う人たちが、驚いたように道を開けるのがわかる。それほどまでに、今の晴斗には近寄り難い雰囲気があった。


(あいつらみんなムカつく……!!)


 怒りに身を任せるようにズンズンと歩いていく。

 やがて、目的地である図書室の前にたどり着くと、晴斗は深呼吸してから、ゆっくりと扉を開けた。

 中に入ると、たくさんの本の匂いが漂ってきた。紙独特の匂いだ。静かな室内には、ページをめくる音やペンを走らせる音だけが響いていた。


 晴斗は友樹を探そうと、キョロキョロと見回す。すると、奥の方のテーブルで本を読んでいる友樹の姿を見つけた。


(いた……!)


 晴斗はすぐにそちらへ向かおうとしたが、ふと足を止める。さっき俊也に言われたことが、今になって引っかかったのだ。


『友樹だって、何か理由があってあんなことしたんだろうし……』


(理由? そんなの知るかよ……)


 晴斗は心の中で悪態をつく。だが、同時に不安にもなった。本当に、友樹は自分と遊ぶのが嫌だったのではないかと思ってしまったのだ。


(いや、そんなはずない……友樹はそんな奴じゃないはずだ)


 自分に言い聞かせるように、頭の中で繰り返す。しかし、一度生まれた疑念はなかなか消えなかった。それどころか、どんどん大きくなっていくようだ。


(違う……絶対にそんなことない)


 晴斗はそう否定するが、心はざわついたままだった。友樹が自分を遠ざけようとした理由がわからないまま、モヤモヤした感情が溜まっていく。

 結局、晴斗はそのまま図書室を後にしたのだった。

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