雨男ハルトと気象石の怒り

夜桜くらは

第1話 きっかけは「雨男」

 ザーザーと雨が降る中、一人の少年が傘を差して歩いている。その少年──雨森あまもり晴斗はるとは、ランドセルを揺らしながら家路を急いでいた。


「あーあ、なんで雨が降るんだよ……」


 晴斗はブツブツと文句を言いながらも、自宅を目指して歩く。もう何度洗ったか知れないスニーカーが、水たまりを踏みつける度にと音を立てる。


 お昼過ぎくらいから降り出した雨は、下校時刻になっても止む気配がなかった。それどころか、どんどん強くなっているような気がする。

 天気予報は晴れだったのに……と、晴斗は恨めしそうに空をにらんだ。


「なんなんだよ……本当に降ってこなくたっていいじゃんか」


 苛立いらだちをぶつけるように、足元の水たまりを思い切り踏みつける。バシャン!と音を立てて水しぶきが跳ねた。

 晴斗は、昼休みに友樹ともきから言われた言葉を思い出していた。


『今日は、晴斗と遊びたくないんだ』


 サッカーに誘った晴斗に対して、友樹が言った言葉だ。普段なら、晴斗が誘えば笑顔で応じてくれるはずの友樹が、そんなことを言ったのだ。

 晴斗はショックを受けていた。そして同時に、怒りも覚えていた。


『なんだよ! 俺がせっかく誘ってやったのに!』


 そう言って怒ったら、友樹は困ったような顔をした。そして、少し迷った後にこう言ったのだ。


『ごめん、その……晴斗ってさ、ほら、雨男だから……』

『はぁ? なんだよそれ、意味わかんねーし!』

『えっと、なんていうか……僕、雨男の友達とは一緒に遊べないっていうか……』

『なんだそれ! 俺は別に雨なんか降らせてねーよ!』


 そう叫んだところで、俊也しゅんやに止められたのだ。友樹はもう何も言わなかったけれど、気まずそうにうつむいていた。そして、言い合っているうちに、雨が降ってきたのだった。


「あーもう、イライラする!」


 晴斗はむしゃくしゃした気持ちをぶつけるように、足元にあった小石を蹴飛ばした。

 小石はコロコロと転がっていくと、軒下で雨宿りをしていた黒猫の足元にぶつかった。すると、猫は起こされたことに怒ったのか、毛を逆立てて威嚇いかくしてきた。


「な、なんだよ! お前がそんなとこにいるのがいけないんだろ!?」


 思わず、晴斗は言い返す。しかし、猫はジリジリと晴斗に近づいてきた。


「こ、こっち来んなよ!! ……うわっ!」


 晴斗は逃げようと走り出したが、ぬかるんだ地面に足を取られて転んでしまった。


「いってぇ……」


 転んだ時に擦りむいたのか、膝がジンジンと痛む。おまけに、服までびしょ濡れだ。

 そんな晴斗を見て、猫は馬鹿にしたように鳴いた後、どこかへ行ってしまった。


「……くそっ」


 晴斗は悔しそうに顔を歪める。そして、立ち上がると、泥だらけの靴で歩き始めた。


◆◆◆


「……ただいまー」


 晴斗は玄関の扉を開けると、中に声をかける。すると、リビングの方から母親がやってきた。


「おかえり、晴斗。……って、あんたびしょ濡れじゃない! どうしたの?」


 母親は、慌てた様子で晴斗を見る。晴斗はムスッとしながら答えた。


「別に、何でもないよ」

「なんでもないわけないでしょ? こんなに濡れて……ほら、風邪引くから早くお風呂に入っちゃいなさい」


 そう言って、母親はバスタオルを持ってくる。晴斗はイライラする気持ちを抑えられないまま、乱暴にそれを受け取った。


「わかったよ! 入るからあっち行ってて!!」

「もう、何怒ってるのよ?」

「怒ってないってば!」


 母親の呆れた声に、晴斗はますますイライラをつのらせていく。そのままドスドスと音を立てて廊下を歩き、風呂場へ直行した。


◆◆◆


「はぁ……」


 風呂から上がった晴斗は、大きなため息をついた。濡れた体を拭いた後、新しい服に着替えたものの、晴斗の気持ちは収まらなかった。むしろ、友樹の態度を思い出して余計に腹が立ってくる。

 どうして、あんな態度を取られたのかわからない。それに、あんな風に言わなくてもいいじゃないかと晴斗は思う。


(だいたい、友樹が悪いんだ)


 友樹が変なことを言うからだ。自分は何も悪くない。悪いのは友樹の方だと、晴斗は心の中で愚痴ぐちる。


 友樹は、クラスではあまり目立たないタイプの少年だった。大人しい性格で、どちらかというとインドア派である友樹は、クラスの人気者グループからは一歩引いている存在だった。

 だが、晴斗にとっては大切な友達の一人であり、親友でもあった。晴斗が今の学校に転校してきて初めてできた親友なのだ。

 毎日のように一緒に遊んで、宿題をしたりゲームをしたりした仲だ。それなのに、今日の友樹ときたら……


「あー、もうっ! 友樹の奴……!」


 晴斗は、苛立ちをぶつけるように、枕をボフッと殴りつけた。


「俺の言う通りにしていればいいんだ! 友樹は、俺の言うことだけ聞いていればいいんだ!」


 そうだ、自分が一番正しいのだ。自分に従わない方が間違っているのだと、晴斗は思う。


「くそっ……ムカつくなぁ、もう……」


 そう言いながら、枕を叩く。八つ当たりするように何度も叩くうちに、だんだんと気分が落ち着いてきた。


「はぁ……」


 晴斗はため息をつくと、ベッドに寝転がる。そして、天井を見つめながら考え事をし始めた。


(俺が雨男じゃなかったら、友樹も一緒に遊んでくれたのかな)


 雨男なのは認めたくないけれど、それでもやっぱり考えてしまう。もし、自分が雨男じゃなければ、こんなことにはならなかったのだろうかと。

『晴斗』なのだから、晴れ男なら良かったのに。そうしたら、今頃は楽しく遊んでいたに違いない。


「あーあ……」


 晴斗はもう一度ため息をつき、ベッドから起き上がった。まだ雨は降り続いているようで、窓に水滴が増えていくのが見える。


「つまんねぇの……」


 晴斗は窓の外を眺めながら、小さく呟いた。

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