第13話 とりあえずは、一件落着

「慶次郎さん、ほら、もう泣かない泣かない」


 赤ちゃんのお世話は終わったのに、どうしてあたしは二十八歳をあやしてるんだろう。しかもこれ、あたしの旦那ね。


「うう、すみません……」

「ほら、鼻かみな? はい、チーン」

「はっちゃん……慶次郎はさすがに大人なんだから一人でかめるでしょ」

「あっ、しまった」


 何? そういうプレイに目覚めた? ととんでもないことを言ってくるわいせつ神主(巫女スタイル)には、固く握りしめた拳をチラつかせて黙らせる。


「はっちゃん、本当に申し訳ありませんでした」

「良いって。知らなかったものは仕方ないしさ」


 ていうか、二十八歳でその辺の知識がない人ってマジでいるんだね。もうびっくり。でもまぁ確かにケモ耳達が分析(?)したように、保健体育のその辺の授業も全部欠席して、さらに早熟なお友達でもいなければ得にくい知識ではあるかもしれない。だけど彼には兄がいるのである。その辺のことには確実に詳しいであろう兄がな!


「僕、もっとちゃんと勉強しますから。あっ、そうだ、式神達に聞いて、って言ってましたね。早速聞いてみます!」


 突然慶次郎さんが立ち上がり、ケモ耳達に「ご教授願います!」と宣言した。


「ちょ、慶次郎さん!? いまここで聞く気?!」

「そうです、善は急げです!」

「急ぎすぎ! ていうか、いまじゃない! 確実にいまじゃない!」

「駄目です! もう一分一秒たりともはっちゃんをお待たせしたくないんです!」

「いや、だって絶対聞いたら聞いたで慶次郎さんそれどころじゃなくなると思うし!」


 止まれぇ! とシャツの裾を引っ張るが、嘘でしょ、全然びくともしないんだが!? おい、加勢しろ、兄貴! と歓太郎さんを見ると、身体をくの字に曲げて声も出ないくらいに笑ってやがる。この野郎……!


「良いけどさぁ、いまぁ?」

「慶次郎、さすがにいまはどうでしょうか」

「もうちょい空気読めよなぁ」

「そこを何とか!」

「じゃ、せめて場所変えよ?」

「そうですよ。絶対に葉月も気まずいですから」

「いや、むしろ葉月も同席させて体験型学習で――」

「おい、そこの焦げ茶! 炙るぞ!」

「ひぇっ、炙るって怖っ!」

「わぁぁん、葉月ぃ。純コを炙るのはやめたげてよぉ。ぼくの可愛い顔に免じて許してぇ」

「弟の非礼は兄である私が! ううう、尻尾の先くらいでしたら……」

「おパぁ、麦ぃ~……。お前ら、普段は全然兄貴っぽくない癖に……!」


 もふもふモードなら微笑ましい光景だけど、残念ながら、ケモ耳と尻尾の生えたイケメン成人男性である。そいつらが三人抱き合っておんおんと泣いているけど、全体的に芝居がかっていて嘘くさい。


「すみませんはっちゃん。責任は製造者である僕が。純コを火炙りにするのはどうかご容赦を!」

「しないから! もう良いからとっとと向こうの部屋で保健体育の授業を受けてこい!」


 でええい、と尻を蹴り飛ばす(もちろん手加減アリ)と、慶次郎さんは、軽くバランスを崩したものの、何とか持ち直して「わかりました!」とそれはそれは勇ましい表情で部屋を出て行った。その後に続くのは、けろりとした顔のケモ耳達である。やっぱり全部演技じゃねぇか。


「あーもー、マジで面白れぇなぁ、はっちゃん」

「面白くもなんともないっつぅの! ていうかね、歓太郎さんが然るべきタイミングでレクチャーすべきやつだからね?! 何でこの年まで放置してたのよ!」

「えぇ~? だってまさか俺だってここまでとは思ってなかったんだよ。友達がいなくたってさ、興味あったら自分でも調べるじゃん?」

「興味があれば、ね。あると思う? 慶次郎さんだよ?」

「……まぁ、確かにね」


 呆れたような顔でそう言ってから、でもさ、と苦笑する。


「根は真面目だから、しっかり学んでくるはずだよ。そしたらさ、すぐだって、すぐ。あいつアレでむっつりだから」


 俺はオープンスケベだけど~、と言いながら、すっくと立ち上がり、袴のシワを伸ばす。


「ていうかさ、はっちゃんはさすがだよね」

「は? 何が?」

「え? だぁーってさぁ、さっきの赤ちゃん、慶次郎だったんだよ? おしめやら何やら替えてやってたし、普通に目の前でお着替えとかしてたでしょ」


 それでも平然としてんだもんなぁ〜、と歌うように言う。


「ア゛ッ! い、言われてみれば……! なんかもうドタバタで頭から抜けてた……! えっ、ちょ、嘘、そうだった」

「でも安心してよはっちゃん。具体的にドコとは言わないけど、さすがにちゃんと成長してるからさ」

「う、うううううるさいっ! もうお前黙れぇっ!」

「あーっはっは。ウケる〜。さーて、そろそろアッチがうるさいから、俺も戻るかな」

「ウケんな! アッチ行け、アッチ! 神様んトコ行けぇっ!」

「はいはーい。さっき結構きつく当たっちゃったし、適度に機嫌取らんと、疫病とか流行らせられたら大変だからなぁ」

「え、疫病?!」


 あの神様そんなことすんの?! 地雷系っていうか、ヤンデレじゃん! こっわ!


 とりあえず、謎の赤子事件はこのようにして幕を閉じたわけだが、ケモ耳達から『二十八歳児でもわかる、赤ちゃんの作り方☆』を教えられた慶次郎さんは想定通りに知恵熱を出した。


 で、歓太郎さんに指摘されるまですっかり失念していたが、よくよく考えてみれば、赤ちゃんの慶次郎さんのお世話をしていたということは、だ。赤子とはいえ、あたしは慶次郎さんのあれやこれやをまじまじと観察してしまったわけで。そして彼は彼でじっくり観察されたわけで(慶次郎さんは黙ってりゃ忘れたままでいてくれたかもだが、やっぱり歓太郎さんが余計なことを言ってくれたらしい)。


 そんなこんなで解熱後も数週間、あたし達はまともに目を合わすことも出来なかった。そこから以前のように手に触れられるようになるまでさらに数週間を要し――、


 土御門家にやはりそれなりの力を持った赤ん坊が誕生するのは、それからさらに数年後のことである。

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