第12話 神様お願いします

「だってさ、夜な夜な私にお願いに来るんだもん。って」

「――はぁ?」


 その場にいた全員(ただし量産された式神達は除く)が一斉に慶次郎さんを見る。その勢いに「えぇっ、何!?」と慶次郎さんは数歩後ずさった。


「本家に出掛ける一ヶ月くらい前からかな。わざわざ正装までしてさ。別に私そこまで厳しい神様じゃないのに」

「そんな。御無礼があってはと……って、申し訳ありません、こんな恰好で!」


 いますぐ身を清めて着替えを! と走り出そうとする首根っこを歓太郎さんに掴まれ、「落ち着け慶次郎。気にしねぇってさ」と止められる。


「別に依怙贔屓するわけじゃないけど、まぁ、それくらいは吝かじゃないんだよ、私としても。子が増えるのは良いことだし。だけどさ、処女受胎っていうのは令和のこの時代にどうかなぁって。別にね? やろうと思えば出来るよ? 私、神様だし」


 でも人間の世界には正規の手順があるから、とりあえず子育て体験だけでもさせてやろうってことでね、とケロッと言い放つ。


 てめえ神様! 処女とかサラッとバラしてんじゃねぇ!


 案の定、その場にいた面々がざわつき出した。


「わぁ、やっぱり葉月ってそうなんだ! ぼく、そんな気はしてた!」

「良かったですね、慶次郎。葉月も初めてなら比べられる心配がありません!」

「いやー、でも逆に大丈夫か? どっちかが経験済みの方がリード出来て良くねぇ?」

「俺も純コと同意見かな。初めて同士って、結構大変だったりするし。どうだろはっちゃん。ここは一つ俺に委ねてみな――ぐわぁっ」

「委ねるかぁっ! 馬鹿! ていうかアンタら全員、セクハラだから!」


 とりあえず、一番近くにいた歓太郎さんの脛を蹴る。一応神様の御前で腹パンは不味いかな、とちょっとだけ配慮した形だ。


 蹴りを入れてから、そういや、歓太郎さんは神様のお気に入りなんだったってことを思い出し、もしかしてこれで神様の怒りを買っちゃったりする? と冷や汗をかく。

 

 が。


「あーっはっはっは! 歓太郎、蹴られてんじゃん。弟の嫁に!」


 爆笑しとるがな、神様……。


「いやぁ、喜衣子とは違う部類の『強い女』だとは思ってたし、ちょいちょい腹に一撃食らっているのは知ってたけど、間近で見ると格別だね。あー面白い。ちょっと興味出て来た」


 傑作傑作、と笑いながら、畳の上をすべるように移動し、私の前に立つ。私が抱いていたはずの慶次郎さんは、気付けば神様の腕の中にいた。


「ねぇ歓太郎、この嫁も私の巫女にしたいって言ったら、妬くかい?」


 痛い痛いと脛を擦っていた歓太郎さんが「んあ?」と思い切り眉間にシワを寄せて神様を睨みつける。


「妬くわけねぇだろ、思い上がんな」


 うわ、歓太郎さんそんなこと言うんだ。ていうかこの人(人じゃないけど)神様なんだよね? そんな口の利き方で大丈夫なの?


「なーんだ、つまらん。でも、それよりも――」


 こて、と首を傾げて、あたしの後ろにいる慶次郎さんに視線をやり、「おおう」と大袈裟に震えてみせる。


「陰陽師の目がおっかないからやめとこ。私、平和主義者だから」

「へ? 慶次郎さん?」


 どんな目? と振り返ってみたけどそこにいるのは、いつものあのちょっとのほほんとした残念イケメンだ。


「というわけで、私の巫女はお前だけだよ、歓太郎」

「ああそうかい。何でも良いから、早く過去に戻してこいや」

「もう、つれないんだから。さっきは『ウチの』なんて言ってくれたのに」

「うるせ」

「はいはい、わかったってば。それじゃ私、本殿に戻るから。歓太郎、あとでね」

「あいよ」


 えっ、何このやりとり。

 何かもう普通に恋人っていうか、夫婦の距離感じゃん? 何ならあたしらより全然夫婦感あるじゃん? ツンデレ彼氏と地雷系彼女っていうか。いや、神様って男? 歓太郎さんは巫女なわけだし。てことは、ツンデレ彼女と地雷系彼氏? 


「……はっちゃんいま何考えてる?」

「え、いや、神様と歓太郎さんの関係っていうか」

「あのね、全然はっちゃんが想像してるのと違うからね? ビジネスパートナー的なアレだから」

「そうなんだ。まぁあたしは別にどうでも良いんだけど。その、巫女? ってのも別にやっても」

「あー、うん。あのね、マジにしなくて良いから。慶次郎が妬くからやめた方良いよ?」

「そうなの?」

「そうそう。それより、さっきの」

「さっきの?」


 何かもうどっと疲れた、とその場に腰を落とす。『過去から来た慶次郎さん』がいなくなったので安心したのか、慶次郎さん(二十八歳)も、すそそ、と隣に来た。量産した式神達はもう全部消えていて、残っている式神はケモ耳だけである。


「慶次郎が夜な夜な神様にお願いしてたってやつ」

「ア゛ッ! それよそれ! 何やってんのよ慶次郎さん!」

「へぇっ?! だ、だって、全然その兆しがないものですから、もう神様にお願いするしかないと思って……!」

「お願いするしかないわけねぇんだわ! 決定的なこと何もしてないのに出来るわけねぇんだわ! 兆すわけがねぇんだわ!」

「いや、ていうかさ、俺もさすがに夫婦のその辺のことは踏み込むのはなって思ってたんだけど、慶次郎、お前色々酷いな」

「えぇっ!? そんな、歓太郎まで!」


 いや、この場合はね、悪いけど歓太郎さんに全面同意するわ。さすがに。


「やっぱりさ、保健体育の授業の時、インフルだったんだよ」

「インフルかはわかりませんが、何か質の悪い風邪を長々と拗らせてた時期がありましたよねぇ」

「その時にばっちり被ってたんじゃないのか?」

「でもさぁ、年頃になったらこう、早熟なお友達とかがさぁ」

「おパ、慶次郎に友達なんていませんよ」

「そうだぞおパ。慶次郎に友達がいるわけないだろ」

「そうだった! 慶次郎は葉月が初めての人間の友達だったもんね」

「そうです、二十三にして初めて出来た人間の友達、それが葉月ですよ」

「二十三まで友達がいなかったらまぁ仕方ないよなぁ。それから一人も増えてねぇし」


 ケモ耳の式神達が発言する度、どんどん慶次郎さんの背中が丸くなっていく。うう、うう、と呻き声を上げ、ぐすぐすと鼻まで鳴らして。


 そんなわけだから、二十八歳なのに子どもの作り方を知らなくても勘弁してやって! と、恐らくフォローのつもりで放たれた彼らの言葉で、いよいよ慶次郎さんは本格的に泣き出した。

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