第11話 ウチの馬鹿が

「は? 何者かわかった、って。いや、親戚のお子さんなんでしょ?」

「……っあー、はっちゃんにはそういう設定で話してたんだったな。しまった、俺としたことが、すぽーんと抜けてた。ああ、クソ」


 その場にべしゃりと尻をついて、そのまま胡坐をかいた歓太郎さんは、いつもの飄々とした余裕さがない。汗まみれで、何やら落ち着きがない。


「ごめん、はっちゃん。あんね、ちょっと嘘ついてた」

「はぁ?!」

「いや、マジでさ。実は俺もそいつが誰かわからなかったんだよね」

「え、だって、あの、父方のって、え?」

 

 だって、じゃないとここまで似てることの説明がつかないでしょ?!


 慶次郎さんは「わわわ、歓太郎が大変だ。顔色が凄く悪いよぉ」とアワアワし、無駄に式神を量産し始めた。そしてその一人一人に冷たいおしぼりだのお水だのと言いつけている。いや、ケモ耳達が障子の隙間から「ぼく達がいるのに」「おれらの方がすごいのに」「私達を呼ぶのです慶次郎」ってすごい目で見てるよ? 混乱してるのはわかるけど、呼んでやりなよ。


「どう考えても慶次郎の子ではないし、俺だってマジで違うし。でもここまで似てるんだから、考えられるのは父方の親戚の子だろうなって。それは嘘じゃないんだけどさ」

「それが嘘じゃないなら何が嘘なのよ」

「身内のゴタゴタとか、その辺。ないよ、ウチにはそんなの。面倒な爺共はいるけど、割とオープンだろ? まぁ、要は、はっちゃんが突っ込みづらいようにしてたってわけ。ごめん」

「まぁ……それくらいは別に良いけど。それで? 結局この子は何者なの?」


 嘘ったって、別に悪意があるやつではないってことくらいあたしにだってわかる。あたしに余計な心配をかけないようにして、それで、歓太郎さんが一人でこの子のことを探ってくれていたのだろう。慶次郎さんはその手のやつはまぁ……戦力にはならないだろうし、こっちで子育ての方に専念してもらった方が良かったんだろうし。


「その子は、慶次郎だ」

「へ? 僕が何?」


 アワアワしつつも式神からおしぼりとお水を受け取った慶次郎さんが、それを歓太郎さんに差し出しつつ首を傾げる。


「いや、お前じゃなくて。いや、お前ではあるのか。だーもうややこしいっ!」

「どうしたんだ歓太郎」

「だから! その赤ん坊はな、過去のお前なんだ。生後……たぶん八ヶ月くらいか? お前それくらいにハイハイし始めたって聞いた気がするし。とにかく、それくらいの月齢のお前なんだよ!」

「はぁ?」

「え、えぇ!?」


 こ、ここここの赤ちゃんが、僕? じゃあ、ここにいる僕は? えっ、でも、ということは僕は赤ちゃんの時から式神を……? と、今度は慶次郎さんが青ざめる。


「そりゃ道理でそっくりなわけだわ……。じゃなくて! えっ、何でそんなことになってるわけ!? ていうかさ、確かほら、アレじゃん! こういう場合って赤ちゃんの慶次郎さんと大人の慶次郎さんが一緒の場所にいるのとかヤバいんじゃない? あたしなんかそんな感じの映画見た気がする!」

「良かった、はっちゃんには通じたか。な? そりゃ俺もここまで焦るってなもんだろ? とりあえず大丈夫みたいだけど、念のため、もう少し離れろ慶次郎」

「いや、ていうかさ、こんなこと可能なの!? 何よ赤ちゃんの慶次郎さんとか。これも何かの呪い!?」

「うーん、呪いとかじゃなくて。鹿の仕業っつぅか」

「ウチの馬鹿?」


 ウチの、に該当しそうな人物というと、この場では慶次郎さんくらいだ。ええとつまり、身内ってことよね? まさかお義父さんお義母さん? それとも本家の爺共? もしかしてあたしに詰められたから腹いせに……、とか!?


「どの馬鹿?」


 もしかしてあたしも含む感じ? と、一応この場にいる『ウチ』に該当しそうな人物、つまりあたしと慶次郎さんを交互に指差す。いつの間にやらセイ君――じゃなかった、『赤ん坊の慶次郎さん』は再び夢の世界に旅立ってた。


 と。


「もしかしてそれって、私のこと?」


 そんな言葉と共に、この世のものとは思えないほどの美青年が音もなく現れた。


「おうおう、珍しく本殿から出てきやがったな」

「歓太郎さん、こちら、どなた? ていうか、本殿から、って?」


 慶次郎さん知ってる? と彼の方を向くと、わらわらといる式神達にちゃっかり混ざっていたケモ耳達が一斉に耳と尻尾をぴん、と立てた。


「わぁ、神様だぁ!」



 おパさんのその声が引き金となり、ケモ耳達は彼にわっと駆け寄って飛びつく。


「おお、よしよし。お前達はいねぇ」


 イケメンが、ケモ耳イケメンに抱き着かれているという何とも眼福な構図だ。そして抱き着かれている側も満更ではないようで、目を細めてじゃれるケモ耳達を順番に撫でている。何これ、桃源郷?


 ――じゃなくて!

 いま神様っつった!?


「け、慶次郎さん。あの人が神様なの?」

「そうです。あちらのお方が我が土御門神社に祀られている神様です」

「あの人が……酒と舞と女が好きで歓太郎さんにたらしこまれてる神様……?」

「はっちゃんはっちゃん、心の声漏れてない?」

「はっ、イカンイカン、ついつい本音が。いや、それは良いとして。何? この赤ちゃん、神様の仕業なの? ていうかまぁ、神様でもないと無理か」


 まぁ一応納得ではある。神様なら何でもありだもんね。


「でもいきなり何でまた」


 すよすよと眠る生後八ヶ月らしい慶次郎さんを見つめ、首を傾げていると、ケモ耳達と戯れているイケメン神様が、すっ、と慶次郎さん(二十八歳)を指差した。


 そして、なかなかに聞き捨てならないことをぽつりと吐く。


「かいつまんで言えば、あやつのせいだな」


 今回のドタバタの元凶呼ばわりされた慶次郎さんは、ぽかん、とした顔で「僕?」と目を丸くした。

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