第10話 土御門神と歓太郎②

***


「どうなんだ。この中に正解はあんのか」


 歓太郎の問いに対し、土御門神は、「ある」と言った。


 歓太郎が挙げたのは、


・過去に遡って、生後数ヶ月の康悦こうえつ(歓太郎と慶次郎の父)を連れてきた。

・同じく過去に遡って、生後数ヶ月の慶次郎を連れてきた。

・未来から、生後数ヶ月の慶次郎と葉月の子を連れてきた。

・死後の世界より安倍晴明の魂を呼び戻した。


 の四つである。

 現在に影響が出そうな一と二は早々に候補から外したのと、晴明の名を出した時の土御門神の反応からして、歓太郎は四ではないかと密かに予想した。


 すると土御門神は、参考までに聞きたいのだが、と断りを入れてきた。


「二人の人間が同じ時間軸に存在するとして。何をどうすれば、現在に影響が出るんだ?」

「はぁ?」

「人間の作った『創作』とやらでは、どうなる? 何をどうすれば現在に影響が出るんだ?」

「何だ。知らないのか?」

「知らぬ。歓太郎よ、教えてくれ」

「仕方ないな」


 普段から自分は神だからありとあらゆることを知っているとふんぞり返って偉そうにしている癖に、そんなこともわからないのかと、歓太郎は思った。とはいえ、それをテーマにした創作物はそれこそ山のようにある。さすがの神様でもそこまでは網羅出来ないのかもしれない。


「だから、まぁ、つまりだな。過去から来たやつが、例えば事故やらなんやらで死んだりしてしまったら、そこでそいつの人生は終了しちまうわけだから、現在の姿も消えちまうわけよ」

「成る程、わかりやすい」

「あとはまぁ基本的に、同じ時間軸、同じ場所に同じ人間が同時に存在すること自体がそもそも異常なわけだから、過去からそいつが現れた時点で、現在のそいつが一旦消えるっつーか、影が薄くなるパターンもある。消えるか消えないかの瀬戸際、みたいな」

「ほう」

「そんなわけだから、接触なんて以ての外なんだ。本来あり得ないことだからな。作品によっては、それでどっちも消えたり、なんてこともある」


 感心したように、大きく頷きながら、成る程だの、ほう、などと熱心に耳を傾けられれば歓太郎とて悪い気はしない。いつもこんな態度であれば可愛げもあるんだがな、くらいのことを考えていると、土御門神が「はい」と控えめに挙手した。教師に質問をする生徒のように。それもまた何だかいじらしく見え、恐れ多くも神様になんてことを考えているのかと苦笑しつつも「何だよ」と返す。


「接触というのは、つまり、物理的なやつを指すのか?」

「は?」

「例えばそうだな。、といったような物理的な接触だ。どうなんだ?」


 ぞわ、と背筋が寒くなる。

 なぜそんな具体的な例を挙げるのか。


「どうしたんだい、歓太郎。顔色が良くない」

「うるせぇ。そんなのはどうだって良いんだ。おい、あの赤ん坊は晴明殿なんじゃなかったのかよ」

「私はそんなこと一言も言ってないが」


 くつくつと喉を鳴らし、愉快そうに笑う。そうだ、こいつはそういうやつだった、と歓太郎は歯噛みした。


「あれは、慶次郎なんだな」

「そうだよ。過去から連れてきた赤子の慶次郎だ。大丈夫、代理を置いてきたから、向こうでは何の騒ぎにもなっていないよ」

「そういう問題じゃねぇよ、この馬鹿神!」


 そう言って、矢庭に立ち上がり、広い本殿内を走る。


 この五日間は無事だった。

 慶次郎は散々接触してきた。それでも何も起こらなかった。けれどそれは土御門神が、していたからだ。しかしたったいま、歓太郎が余計な知識を与えてしまったのである。人間の世界ではそういうものなのかと考えを改めることは十分に予想がつく。 


 彼は言っていたのだ。

 慶次郎が消えることでその妻である葉月が悲しもうが、と。土御門神にとっては、陰陽師が一人この世から消えてもなんの支障もないのである。例え安倍晴明の再来だろうがなんだろうが、だ。彼を祀る人間が他にいさえすれば問題はない。


 あの馬鹿はいまごろ、自分のことを笑っているかもしれない。そんなに焦らなくたって、と。けれど、一度浮かんでしまったら、もう駄目なのだ。悪い予感に、冷や汗が止まらない。あの気まぐれな神が、変な気を起こさないと、誰が断言出来よう。


 新婚夫婦の部屋に続く障子を断りもなく開けると、そこにいたのは、突然の義兄の襲来に目を丸くしている弟嫁――葉月と、実弟である。そして、彼の腕には、がいて、なんとも無邪気な顔をしている。


 何も知らない慶次郎は、騒がしくやって来た兄を一端の父親口調で窘めた。普段なら、誂いの言葉を一つ二つ投げかけてやるところだが、いまはそんな状況ではない。


「いますぐその赤ん坊をはっちゃんに渡せ」 

「え? 何で?」

「良いから!」


 何が何やらと混乱しつつも、葉月は言うとおりに赤子を受け取る。腕の中の赤子は、己を抱くのが未来の嫁――何年も焦がれてやっと手に入れた愛しい人だとわかっているのかいないのか、のんきに笑っている。さらには、兄である歓太郎にも手を伸ばしてくる。


 俺とお前は一つしか違わないから、俺はこの時のお前のことを何にも覚えてないんだよな。


 そんなことを考えつつ、手を振り返す。ちゃんと兄だと認識しているのだろうか。


 しばらくにこにこと笑顔を返してやりながら、それを見守っているであろう新婚夫婦に向かって歓太郎は言った。


「その赤ん坊が何者なのか、わかった」

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