第8話 土御門神と歓太郎①

***


「じゃ、そろそろ教えても良いかなぁ」


 うふふ、と笑いながら、土御門神は機嫌よく歓太郎の周りをふよふよと浮かびつつ、「歓太郎も頑張ってくれたしねぇ」と言った。


 その言葉を聞いて、歓太郎は「やっとか。こンのエロ神がよ」と悪態をついてから、扇子を置いてその場に正座をする。


 例の赤子が現れて五日。


 最初こそ足を使って赤子の正体を突き止めようと色々動いていた歓太郎だったが、どれだけ遠い親戚をたどっても該当者は見つからなかった。ただもちろん、それについては想定内である。何せ、歓太郎は端から、その赤子がだと思っていたからだ。だからむしろこれは、その確信を得るための作業だったというわけである。


 が、それがわかったところで、という話ではある。

 真実に辿り着くためには、彼に――最も、性別などあってないようなものだが――お伺いを立てるしかない。何せ、そうだとすれば、その元凶は彼だからだ。だったら最初からそうしておけば良いのだが、万が一ということもある。


 というわけで、渋々といった体ではあったが、散々にご機嫌を取ったという次第である。それはそれは甲斐甲斐しく酌をし、笛を吹き、神楽を舞い、猫撫で声を出してしなだれかかって甘えたりもして、ようやっと「そろそろ教えても良いかなぁ」を引き出すに至ったのだった。


「それで? あの赤子はどちら様なんだ?」


 注げども注げどもすぐに空になる盃を御神酒おみきで満たし、そのついでにと、ちゃっかり用意してある自分用のそれにもちびりと注ぐ。それを見て、土御門神は「歓太郎、手酌は良くない」などと誂うように言ったが、まさか神様に注いでくれなんて言えるわけもない。そう返せば、「私だって、可愛いお前になら、それくらいのサービスはするよ」と楽しそうにころころと笑った。


「そう、それで赤子の話だが。私はまず、歓太郎の予想が聞きたいな」

「俺の?」

「そ。君は聡いからね。もしかして何もかもバレてるんじゃないかって。私としては、そう簡単に当てられちゃあ面白くないんだけど」

「じゃあ聞かなきゃ良いじゃねぇか」

「だけどさ、気にはなるんだよ。だから、ねぇ。教えておくれよ。君はあの赤子をどう思ってたんだい?」


 ふんふんと機嫌よく鼻を鳴らしながら泳ぐように飛び回る。歓太郎の連日の接待に大満足のようである。ここで機嫌を損ねるのは得策ではない。そう判断して、歓太郎は内心面倒くせぇと思いながらも「わかったよ」と息を吐いた。


「いくつか考えた。まずは、俺らの父親」

康悦こうえつか?」

「そ」

「しかしお前らの父親は赤子ではないぞ」

「んなのわかってるっつぅの。だから、その、何だ。過去から連れてきた、ってやつだ」

「成る程」

「それくらいのこと、出来んだろ」

「もちろん」


 何せ私は神だからな、と得意気に胸を張る。そして「あとは?」と愉快そうに首を傾げた。


「赤ん坊の頃の慶次郎」

「ほう」

「ただ、父さんにしろ慶次郎にしろ、その場合、現在と過去、二人の同じ人間が同じ時間軸に存在することになるわけだから、こちらの出方一つで現在の方が消える可能性がある」

「ほう」

「だけどアンタはそこまでのことはしないだろ」


 今度は歓太郎が勝ち誇ったように笑う。


「なぜそう思う?」

「父さんに何かあれば俺が消える可能性があるし、現在の慶次郎にもしものことがあれば、はっちゃんが悲しむ」

「はっちゃん――陰陽師の嫁か。別にあいつが悲しもうが私は――」

「はっちゃんが悲しめば、俺悲しい。それくらいのこと、わかんだろ」

「まぁ、そうだな」


 そんなわけだから、この二点は早めに候補から外した、と指を二本立てて言う。土御門神はそれに何やら満足気に頷いた。


「で、現在の俺らになるべく影響がなさそうな点で考えると、あとはこれだ」

「何だ」

「慶次郎とはっちゃんの子。この場合は、未来から連れて来たことになるけど、今回の一件がよくわからん方向に拗れてあの二人が離婚でもしない限り、あの赤ん坊にも特に影響はないだろうし」

「ふんふん。成る程。面白い」

「面白いってことは、これも違うんだな」

「ふふ、どうかね」

「あと」

「まだあるのかい? さすがは歓太郎だ。よくもまぁポンポンと思いつくものだね」

「この手のは創作でよくあるやつなんだよ。映画でも漫画でも小説でも」

「成る程、人間の想像力っていうのはすごいねぇ」


 感心しているのか、はたまた小馬鹿にでもしているのか。どちらともとれるような物言いである。


「いまのが違うとしたらもしくは」


 そこで歓太郎は大きく息を吸った。そしてそれを吐き出すと同時に――、


「晴明殿の霊を呼び戻した、とか」


 そう言った。

 土御門神の眉が、ぴくりと動く。にま、とゆっくり口元を綻ばせ、空の盃を催促するように持ち上げた。


「さすがに平安まで遡るのはアンタもダルいだろ。だったらちょいと晴明殿の魂を呼んで交渉した方が早そうだしな。それで、どうなんだ。この中に正解はあんのか」


 そう尋ねながら、酒を注ぐ。

 すっかり上機嫌の土御門神は、ほろ酔いのようにも見える緩み切った表情で、


「ある」


 と言った。


***

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