第7話 えっ、セイ君?!
「それにさ、そのことで年寄連中がギャーギャー言っても大丈夫よ。あたしが守る。うるさい奴ら全員一列に並べて端から順に引っ叩いてやる」
可愛い我が子にゃ指一本触れさせん! とまだ見ぬ我が子をイメージしてシュッシュッとパンチを繰り出すと、慶次郎さんはアワアワと慌てて「はっちゃん、暴力は!」とそれを止めた。
「でも、今回の本家訪問でわかりました。はっちゃんのすごさを。まさか本当に横一列に並べて順番に説教するとは思いませんでした」
「もうね、慶次郎さんに話を聞いてからずーっとうずうずしてたから。場合によってはマジで殴る気でいたよ」
「僕は気が気じゃなかったです」
そう話す慶次郎さんの顔はちょっと緩んでいる。
「だからさ」
まだ固く握られているその拳の上に手を乗せて、キュッと力を入れる。
「一人で育てるんじゃないんだし、大丈夫だよ。あたしは、慶次郎さんとの子どもが欲しいよ」
と口を滑らせてから気付く。いや、これアレじゃん、あなたとそういうことがしたいです、って言ってるようなもんじゃん! いっ、いまのなし! って言おうとしたけど、否定したらしたで慶次郎さんはすごくショック受けそうだし。と、とりあえず何か話題を変えねば!
「ぼ、僕もその」
「そっ、それに! 慶次郎さんが千年ぶりなんだしさ、そんなぽんぽんぽんぽんそのレベルの子どもなんて生まれないって!」
どうにか話題を変えようとしたところで、慶次郎さんと被ってしまう。僕も? 僕も何? 僕も、の後は?! 欲しいです、だよね? さっき欲しい気持ちは多分にあるって言ってたもんね? あーもーあたしの馬鹿! せっかく明るい家族計画の話に持っていけるチャンスだったのに!
「でも、確かにそうですよね」
あーっ、話題変わっちゃった。そっちに舵切っちゃった! そりゃそうだよ。あたしが振ったんだもん。乗っかるよ。慶次郎さんは乗っかるよ。それはそれとして子作りの件ですが、みたいなことにはならないから、この人の場合!
「現にこのセイ君だって、僕にそっくりではありますけど、そんな力なんてあるわけないですしね」
っていう台詞は往々にして、いわゆるフラグとかいうやつだったりする。
何の夢を見ているのか、ガーゼをギュッと握っている小さくてやわやわな可愛らしいお手々が、ぴくぴくと動いて緩やかに円を描いた。それを微笑ましく見ていると――、
握っていたはずのガーゼが、ふ、と消えた。
「え」
その代わりに、ぽん、と現れたのは小さい猫だ。サイズからしても、現れた経緯から考えても、どー見たって。
「式神じゃない?」
「間違いないです」
「え、慶次郎さん? 出した?」
「僕じゃないです。出してないです」
「じゃあ、誰が」
「いやもう、この場合一人しか」
「セイ君?」
「……でしょうね」
ころころと転がったり、かと思えばせっせと毛づくろいを始める小さな小さな猫式神をじっと見つめ、しばしの沈黙。
「あの、確認なんだけど」
「何でしょう」
「慶次郎さんが式神出したのって何歳くらい? やっぱりこれくらいから出してた?」
「僕の記憶では、というか、周囲の人から聞いた話では、五歳くらいだったそうです」
「慶次郎さんで、五歳……」
「もしかしたらもっと前から出していたかもですが、僕も覚えてませんし、両親も歓太郎もそれを見ていないので」
「てことは」
「はい」
「てことはだよ」
「はい、何でしょう」
「セイ君って、慶次郎さんよりすごいってことになる、のかな?」
何の夢を見ているのだろう、お口をもぐもぐさせている。あー可愛い。マジで可愛い。
「そうなりますね」
「あっさり認めたね、慶次郎さん」
「そりゃあ、まぁ」
「ていうかさ、ごめん、もっかい疑うんだけど、本当に慶次郎さんの子どもじゃないんだよね?」
「違います」
あたしの目を見て、きっぱりと断言する。まぁ、そうだろうなとは思うんだけど。
「あー、まぁ、そうだよね」
毛づくろいを終えた猫式神が、今度は主であるセイ君に近付く。そして、ふくふくのほっぺたをさりさりと舐め始めた。絵的には大変微笑ましいんだけど、猫式神も舌はザラザラだったりする? 削れない? 大丈夫?!
そこでふと、もしかして、だから捨てられたのではないか、なんて考えが浮かんでしまう。こんな力があったから、と。
まだ。
まだあたしはある程度耐性がある。何せ夫が
我が子のその力を恐ろしいと思ってしまったら。
手に負えないと思ってしまったら。
手放してしまうかもしれない。
それに気付いて、ぞわり、とする。
もしや、歓太郎さんが言ってた「人様に言えないゴタゴタ」というのは、つまりは、そういうことなのではないか。
ちら、と慶次郎さんを見る。さっきの様子からして、慶次郎さんはセイ君がこんな力を持っているなんて知らなかったみたいだし、その『ゴタゴタ』についても聞かされていないんだろう。ショックを受けるからって歓太郎さんが内緒にしていた可能性は大いにある。
状況としては慶次郎さんの時と同じだ。年齢こそ違うけど、幼少時に突然式神を出せることが発覚した、という点では。
だけど慶次郎さんは周囲に恵まれていた。実家が由緒正しい神社というのもあったからかもしれないけど、ご両親も兄も、それを疎まなかった。まぁ、年寄り連中には過剰に期待されまくって面倒なことになったし、後の人格形成にかなり影響してしまったっぽいけど。
でももし、セイ君の家が一般家庭だったら? 先祖をたどればそういう高名な陰陽師がいたかもしれないが、いまは神事に一切かかわりのない仕事をしていたら?
突如浮かんでしまったその考えを打ち消すように頭をぶんぶんと振る。
もしこれが事実なら、慶次郎さんには酷すぎる。だってそれは、もしかしたらあり得たかもしれない、慶次郎さんの過去だ。
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